2017年6月13日火曜日

語り部たちへの反論(シリーズ:何を反省するのか?)

池田信夫氏主催のサイトであるアゴラで「戦争体験者の私が、いまの政治家に申し上げたいこと --- 釜堀 董子」という一文を読んだ。私の父の年代である戦中派(1937年生)の著者が自らの実体験をベースに現政権や「右傾化」する比較的若い世代を批判する内容である。戦中派の語り部が行う議論のある種の典型であったので、チェックしておきたいと思う。というのは、その実体験に対してどうしても「遠慮」が発生してしまい、それ自体が異論を許さないという議論の拒否や思考停止を生むと考えるからだ。正直なところ私もこの「遠慮」から自由でないし、若干己の中の抵抗を感じながら書いている。しかし、議論の拒否は不毛なのであえて反論したい。もちろん釜堀氏は面識もないし、その御年でウェブメディアに寄稿されていることには敬意を表する。個人的な悪意があるものではないことをお断りしておく。


『1937年生まれの私は、12月に80歳を迎える。実体験は少ないが、まわりから教わった戦争体験を、しっかりと伝えることが必要ではないかと感じている。』

このような書出しから始まる。読者はここで「戦争体験者」と思う。そして「戦争反対」「九条守れ」という議論が展開されることを容易に予想してしまう。そして案の定、記憶が定かでないとエクスキューズを入れつつ、出征兵士が「万歳」の声に見送られながら目に涙をためていて「本当はみんな行きたくない」と当たり前のことを説明する。冷血漢の汚名を恐れずに指摘しよう。この著者が想定している読者は戦後生まれ、団塊の世代以降であろう。ウェブメディアへの寄稿がその証左であるし、戦中生まれと戦後直後生まれの世代がもつ共通認識(とこの著者が信じているもの)を持たない世代を想定している文章であるからだ。逆に言うと、「戦争を知っている」ということを根拠とした権威主義に基づいているとも言える。

さて、出征兵士が「本当はみんな行きたくない」のを60年代以降生まれ(取り合えずややこしいのでそう定義しておく)のわれわれが想像できないとでも思っているのだろうか。ちょっと調べれば「徴兵逃れ」などはある種の常識であったことは分かるし、どこの世界にリンチで有名な帝国陸海軍に徴兵されて、しかも死地に赴かざるを得ない事を歓迎する人がいるだろうか。出征兵士は行きたくないが義務として、男性に生まれたある種の宿命と思い定めて出征した人がほとんどだっただろう。もし、兵士は嬉々として戦地に赴いたと信じている人がいたら、左右を問わず正常な精神を持っているとは思えない。また我々の世代が「万歳」の中出征したのだからうれしかったはずと勘違いしていると思われているのであれば、「馬鹿にするのもほどほどに」していただきたい。「万歳」は建前に過ぎぬ。当たり前である。



1937年生まれということは1940年、1942年生まれの私の両親とほぼ同年代である。この世代の戦争経験とは「疎開」「外地からの引揚」「空襲」「機銃掃射」「原爆」「敗戦」「傷痍軍人」「占領」である。直接地獄の戦地に赴いたわけでもない。赴いたのはその親の世代である。そして幸運にも生きて内地に帰ってきた人々に戦争の話を聞いたはずである。著者は1945年には8歳、最終位置がどこかによるが、出征していた父がいれば再会したのはおそらく1945年から1947年であろう。するとそのとき彼女は8歳~11歳の少女だったはずである。そのかわいい盛りであり、感受性の強くなる思春期直前の娘に対して出征した父や元兵士の大人たちは難しいことや残酷なことを語っただろうか。語るわけがない。戦争のこと質問したって、黙したか、「戦争は悲惨だよ」以上の説明しかしなかったであろう。当たり前である。敗戦によって否定された自分たちの信念や大儀、そこに至るまでの政治的な経緯のような難しい話は子供には理解できない。ましてや占領され米国による国家改造が進む中で、余計な情報を、生きにくくなるような情報を子供に教えるわけがない。


『時は流れて、日本は終戦72年を迎えた。日本人でありながら世代間による戦争の考え方は大きく変わってきている。私の世代は「二度と戦争はすべきでない」と答えるだろう。しかし、若い世代は「日本は強くなるべきだ」「平和を守る一員になるべきだ」と答える。』

と嘆いてみせる。ほほう。「二度と戦争をすべきでない」と答えるのは1935年~1950年代に生まれた世代だけだろう。あるいはそれ以前に生まれていても銃後にいて安全と思い込んでいたのに、爆撃により殺されかけたり、家族が死んだりしたケースでかつ、あまり何も考えていない人だけである。少し言い過ぎかもしれぬ。「二度と」とは'NEVER'の意である。だから、この議論は「他国が攻めてこようが、無抵抗でされるがままにされるべきだ」という結論に当然に行き着く。そして、その結果としての隷属や陵辱、そして家族の死を甘んじて受けよということになる。はっきり申し上げて「何を言っているのだ」である。「戦争をすべきでない」。同意である。全力で戦争に突入することは回避すべきである。だが、他国が、具体的には中華人民共和国や北朝鮮が侵略してくれば、反撃する必要があるに決まっている。また、日本を守るためならば「他国の兵士(若者)」が血を流しても、自国は血を流さないということには言及しない。当たり前の反論に耐えられる程度の正当性すら持っていない。ただひたすら戦争は「悪」だと言い募っているだけである。はっきり言えば思考停止であり、議論の拒否である。


『私の子ども時代や若い頃は、戦争といえばそれだけで世論が沸騰した。戦場へ行った人たちが大勢いたからである。戦地にやらされ、九死に一生を得た彼らの感情は激しかった。一方日本国内は、空襲や原爆で廃墟になっていた。戦争の悪は日本人すべてが認識したといっても過言ではない。戦争につながるものは激しい批判にさらされた。

だから憲法9条も非武装中立も、さほどの違和感なく受け入れられたのである。民主主義も男女平等も新憲法も、天皇が神から人間になったのも、すべてが180度の転換だったが、すんなりと行われたのである。』

あえて言い切ろう。認識が間違っている。戦場で生き残った兵士が激しく反応したのは道義的な理由ではない。日本が近代戦を遂行する能力がない事を肌感覚で知ったからである。少なくとも「精神力が戦車を圧倒する」というような思考はまったく無力であることを知っており、ただ精神力を強調するだけの上層部が無能であることを、そして補給なき軍隊がどのような地獄を見るのかを彼らは知っていた。だから反対したのである。しかし戦中派や団塊世代はそうではない。道義的な理由から、あるいは「一部の軍国主義者」に責任を転嫁し、イノセントな自分でありたいがために批判したのだ。反対の理由が違うのである。おそらく忘れておいでだろうが、一緒になって「戦争反対」と叫んでいると、元兵士に「戦争に行っていないやつらに何が分かるか!」と怒られたり、殴られたりということが頻繁にあったであろう。理由は述べたとおりである。片方は「地獄を見た我々の記憶において日本国に近代戦を遂行する力はない。それがゆえに反対!俺たちがいた地獄に子供たちを送るな!」と言っているのである。しかし一方は「戦争は絶対悪だ、その戦争を遂行した戦前は悪だ!(そしてそれに反対している俺たち/私たちは善だ)」と言っているのだ。そして括弧内の思いを前者が認識すると怒られたわけだ。「俺たちをダシにしやがって」と。

今はもう、祖父母の世代はほぼいない。もはやそのように怒られることもなくなり、特権的に語れるようになった。

この後は内田樹を持ち出し、的外れな管理教育論を展開する。ここは、年寄りの耄碌として大目に見よう。
そして民主主義万歳論。敗戦によってもたらされた民主主義が日本はまだ自家薬籠中のものにしてないから右傾化し絶対平和主義が脅かされているというおなじみの展開がなされ、そして安倍政権が強いのは民主化が足りず、マスコミが忖度しているからだという雑な結論になる。しかしながら、民主主義と絶対平和主義は何の関係もない。民主主義はどちらかといえば戦争を生み出す。ファシズムの母体がワイマール憲法下の民主主義であったし、リベラルの皆さんが大嫌いな米国のトランプ大統領も民主主義で選ばれたわけである。もっとも中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国を民主主義と呼ぶなら、言葉の定義が違うので、これは議論にならない。民主主義というのは平和主義とは無関係である。民主主義は古代ギリシャの民主制を原型としており、これは「兵士として命をかける」ので「国政に参加する権利がある」というものである。従って、原理原則で言えば「民主主義=国民皆兵」である。民主主義が大好きな不勉強な向きには意外かもしれないが、そういうものである。もちろん原理原則の話で現在の高度な専門性を求められる軍隊や自衛隊では「国民皆兵」というわけにはいかない。

安倍政権が無駄に強いのではない。民主主義の原則が機能しているために、説得力のある対案が出せる、魅力的なコンセプトが出せる、あるいは人柄を含めてカリスマであるような有能な野党が存在しないだけである。絶対平和主義は単なる空想である。それこそ戦争を知る世代を名乗るならばそれを知っているはずであろう。それが分かっていながらこのような主張をするなら、たんなる欺瞞・偽善であり、分かっていないなら単なる馬鹿である。


以上、非常に心苦しい内容だが、こうした反論をだれかがする必要があるだろうと筆をとった次第。

2017年6月11日日曜日

Zero fighter. In other words, the glory of Japanese Navy

産経ニュースの「零戦」に関する配信記事が右寄りの新聞の割にかなり雑だった。雑というのは異論の多いことをあたかも定説のように書いており、さらに強調していることである。あまり興味のない一般人に広く紹介する記事にもかかわらずこの雑さはいただけない。「現用飴色」論争という、航空評論家でイラストレータの野原茂氏が言い出した「零戦の色」に関する「珍説・新説」に関する論争がある。端的に言ってマニアにしか用のない馬鹿馬鹿しい話なのだが、米国と違ってカラーフィルムの技術がなかった日本の機体は、文献と証言に頼るしかなく、このような水掛け論的な論争が始まる余地がある。野原氏の議論は矛盾と不備が多く、ある一つの文献に在ったという「わずかに飴色かかりたる灰色」を「飴色」と強弁してしまっている。普通「わずかに飴色かかりたる灰色」は「灰色」だろう。他の文献にも誤謬が多く、野原氏の説は信用できない。研究者や知見者はおよそ飴色に否定的、商業ベースは飴色に肯定的というのが現状である。

模型ファンにしか用がない話はこれくらいでやめよう。先日千葉県は幕張で開催されたRedBullエアレース2017を観戦してきた。初めて観戦したのだが、さすがはレシプロ機の最高峰レースの一つ、「空のF1」と呼ばれるだけのことはあって物凄く面白い。テレビ画面で見ていてもさほどではなかったが、クルマなど問題にならない高馬力、高回転のエンジン音が心地よく、アクロバティックなレースを観ていればの細かいレギュレーションの意味もわかる。なんと言ってもスケール感やスピード感を間近で観られる臨場感が素晴らしい。しかも結果は日本人レーサーである室屋義秀選手とチームファルケンが優勝した。

エアレースには空の祭典という位置づけもある。クルマやジェット機と違ってなかなか間近で観られる機会のないプロペラ機(レシプロ機)が高度20−50mを飛び回る祭典には、やはりレシプロ機の最盛期だった第二次世界大戦時代の機体が観たいものである。ジエットという技術革新のあと、レシプロの高性能機を作る意味は失われ、あの当時以上の飛行機はもう永久に現れない。今回のエアレースではブライトリング社が所有する、1940年製(!)のダグラスDC-3と、レストア(修復)された三菱 零式艦上戦闘機がデモフライトを行なった。世界中に4機しかない飛行可能なレストアされた零戦のうちの一機であり、熊本大震災の際にもくまモンのロゴをつけて飛んだ企業を含む有志「零戦里帰りプロジェクト」によるもので、戦後初の日本人パイロットによる国内飛行だった。映像ではロシア製の新造機を含め飛翔する零戦を何度も観ているが、この目で零戦のフライトを観たのは初めてだった。私が観た日は予選の日で、チェックのためかランディングギアを出したままの飛行だったが、夕暮れの中をゆっくりと脚を出したまま飛び去る零戦はあたかも「帰投(帰還の海軍用語)」のようであり、非常に感動的で、観客からも歓声が上がり、それぞれが手を振っていた。

さて、産経新聞の紹介があんまりなので、零戦について簡単に紹介したい。ただあまりにも有名な零戦については良質な専門書も山ほど出ているので、ちょっと聞いたことはあるけどというような人向けにごく簡単に書いてみたい。新聞よりはマシな紹介になるといいのだが。



零戦(ゼロセン•レイセンどっちで読んでもいい。どちらも戦時中から使われていた。)は帝国海軍航空隊が運用した戦闘機である。当時の日本は空軍がなく、陸軍と海軍がそれぞれ航空隊を持っていた。これは米国も同じである。1940年、即ち皇紀2600年に採用されたため、当時の命名規約に則って下の2桁00から「零式」となった。だから、一年前に採用された機体は99式である。正式名称は零式艦上戦闘機(この場合は「れいしきかんじょうせんとうき」)である。艦上というのは航空母艦(空母)で運用することができるということである。空母は案外小さいので、普通の飛行機は滑走路が短すぎて離着艦できない。だから、海軍というのは今でも専用の機体を運用しているものである。

戦闘機というのは敵の飛行機を叩き落とす(撃墜する)ための飛行機である。だから、高速かつ身軽でなければならない。さらに武装が強力なら申し分ない。相手よりも速く、すばしこく、武装が強力ならば圧倒的に有利である。しかし、これらの条件を同時に全て満たすのは難しい。なぜなら、速いということは素早いことと矛盾する。ちょっと考えるとわかるが、クルクルと素早く動き回るというのは旋回性能が良いということである。蝶はヒラヒラと飛ぶ。そして予測不能にクルクルと動き回るから、狙いが定めにくく鳥もあまり狙わないそうだ。なぜこんなことができるかというと、体の大きさの割に翼の面積が大きいからだ。だから非常に素早く、ヒラヒラと舞うことができる。だが翼の面積が大きいとトンボや蜂のように高速で飛ぶことはできない。スズメバチなどは体の割に翼が小さいが、蝶よりもはるかに高速で飛翔できる。だが蝶のようにヒラヒラと舞うことはできない。これが、速さと身軽さ(速度と旋回性能)の矛盾である。更に武装が強力という条件は重量を増すことにつながる。戦闘機の部品でエンジンを除けば武装(大抵は機関銃)がもっとも重い。銃というのは基本的に重ければ重いほど強力なので、強力な武装を積むと、明らかに身軽さに悪影響を及ぼす。エンジンの出力が小さければ速度も落ちる。

ところが、零戦という飛行機は、それを高いバランスで実現させてしまったのだ。1940年当時の基準では速度は一流(500km/h以上)、旋回性能は超一流、武装も当時の水準を抜いたものであり、さらに長時間かつ長距離飛べるという万能っぷりであった。言ってみれば、ボクシングも柔道も強く、短距離走も速く、マラソンも強いという訳のわからない戦闘機であった訳である。普通は「どれか」に優れているものだが、「全て」に優れているという途方も無いことである。当時は軍事大国ではあっても後進国、航空技術など西洋の猿真似(残念ながら1930年代前半までは当たっている)と思われていた日本がこのような万能戦闘機を生み出したことは画期的な出来事であった。戦争が始まっても、先に中国戦線で戦っていたアメリカ義勇軍からの「日本軍の戦闘機は超一流だ」という報告をアメリカ軍やイギリス軍は信じることができず、開戦からおよそ2年間はどちらも零戦に圧倒されてしまう。何しろ、味方のどの飛行機よりも速く、素早く、強力なのだ。敵うはずがない。ゼロというネーミングも手伝って、神秘的なレベルでアメリカやイギリスのパイロットに恐れられた。

これが大げさでないことは1941年の米海軍航空隊の訓示に現れている。「次の場合は戦闘を放棄して良い。1.雷雲に入った時 2.ゼロと遭遇した時」この訓示を聞いた時、誇り高いトップガン達はどれほどプライドが傷ついたことだろう。だが、黄色い猿が作って操縦しているはずの零戦にはどうしても歯が立たなかった。例えば強力な武装を例に挙げてみよう。今日のジェット戦闘機にはミサイル以外に機関銃も付いている。機関銃は進化したバルカン砲だが、最新鋭かつ最強と呼ばれるアメリカのF-22ラプターの機銃の口径は20mm(直径2cmの弾丸が打ち出されるということ)である。では零戦はといえば、なんと同じく口径20mmである。つまり、戦闘機としては時代を先取った最強に近い武装である。当時のアメリカの機銃はほとんど7.7mmから12.7mm。これに加えて一流の速度と、そしてこれは大戦末期まで揺るがなかった素早さ(旋回性能の高さ=格闘戦の強さ)が加わり、初期の頃のキルレシオ(撃墜対被撃墜比率)は一説には50:3(零戦が50機撃墜する間に3機しか墜とされない)ということもあったそうだ。

だが、非常識なまでに高性能な戦闘機には、非常識な弱点がある。アリューシャン列島で不時着した零戦を徹底的に調べ上げた米軍は弱点を見つけた。速く、素早く、パンチ力がある戦闘機を実現するために設計者の堀越二郎技師のとった方法は徹底的な軽量化だった。骨格に当たる桁にも軽量化のために孔を穿ち、操縦席のシートさえ穴だらけである。増してや防弾板など以ての外。そしてそのため、比較的脆弱であり急降下速度も遅く、高速時のカジの効きも悪い。ほんの些細な弱点かもしれないが、そこをつかねば勝てないし、アメリカのパイロット達は日本のパイロットよりも高い柔軟性があった。それ以降、対零戦の戦法を確立し少しづつ、しかし確実にキルレシオを逆転させていった。

また、防弾装備がないということは撃たれても墜とされてもパイロットは死ぬということだ。優秀なパイロットが次々と戦死し、石油と国力の乏しい日本はジリ貧となっていく。アメリカは零戦を凌駕する高性能な戦闘機を次々に送り込み、また豊富な石油資源を背景に十分に訓練された新人パイロットを補充する。資源も基礎工業力も乏しい日本は、敗戦まで零戦に頼るしかなく、最後はまっすぐ飛べるだけの新人パイロットが零戦に乗って特攻するということになった。それは日本海軍の栄光と没落そのものだったろうと私は考える。


ざっくりと零戦に付いて書いてみた。この程度のことは新聞ならば書いて欲しい。何色だったかなど瑣末な話である。エアレースで飛んだ零戦は22型という形式である。零戦とそのパイロットがもっとも脂ののった時期、ニューブリテン島のラバウルでアメリカ軍と激戦を繰り広げていた頃のものだ。そんなことを考えながら幕張の空を思い出している。

2017年6月8日木曜日

光の暴走

19世紀末の西欧世界(イギリス・フランス・ドイツ・ベルギー)において、象徴主義というダークな世界観を特徴とした芸術が成立した。絵画ならモローやクリムト、ワッツ、ムンクなど。文学なら「悪の華」のボードレールを嚆矢として、マラルメ、プルースト、ランボーなどだ。彼らは天使より悪魔を、ユートピアよりディストピアを、幸福より不安を、理論より神秘を表現した芸術家たちだった。世紀末象徴主義と呼ばれ、キリスト教暦の100年期(世紀)末の不安による退廃的なムードを反映した芸術と一般的には乱暴に思われている芸術運動である。


1000年期末(ミレニアム)をお祭り騒ぎの中で終え、今は新しい1000年期と世紀がスタートした直後である。だが、大雑把に言えばグローバリズムの失敗が明らかになりつつある今、少しずつだが確実に洋の東西を問わず、不安が広がっているのは間違いない。
19世紀末の象徴主義(ちなみに、この時代の絵画は好きだ。ムンクの『思春期』など大傑作だと思っている。)は果たしてキリスト教的な、あるいは信仰が失われていくなかの嘆きだったのだろうか。私は違うと思う。これは「産業革命」というテクノロジと経済がすべてを覆うことへのカウンターであり、人の精神の営みを含めて、テクノロジーによってあらゆる闇(即ち無知蒙昧さ)を駆逐されると知識人でない普通の人々までが予感したことへのカウンターだっただろう。つまり啓蒙主義へのアンチテーゼでもあった。

電気の普及はこれからだったが、ガス灯(ディズニーシーへいけば、当時のニューヨークの雰囲気が再現されている)はあり、闇が駆逐されてきた時代、とりあえず芸術家というセンサーの鋭い人々はこれを「光の暴走」と捉えたのではなかったか。その産業革命という光は芸術という「心的な領域」さえも脅かすほど煌々と闇を照らしたがゆえに、それを恐れた芸術家たちは闇を濃く表現しようとした、それが象徴主義であったように思う。


「陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずる」という考え方が陰陽五行の思想にある。正しいかどうかは知らぬ。ただ、19世紀半ばは18世紀から続く産業革命の光(陽)が極まった時代であったように思う。そして太極図の反転した小さな円のように生じた陰、それは人々の不安であり、恐れであったとすれば、それに形を与えたのが象徴主義であった。エドワルド・ムンクの『思春期』を見よ。これほどまでに「不安」をキャンバスに表現した絵があるだろうか。「怖い絵」と言われるのもむべなるかな。なぜならそれは「不安」の具現をみているからだ。


その昔、ファイナルファンタジー3というコンピュータゲームを遊んでいた。有名なので説明不要だろうが、ざっくりいうと「闇が暴走して、世界が無に帰そうとしている時に光の戦士に選ばれた少年が世界を救う」というプロットである。こうしたRPGはさまざまな神話や伝説、小説などを下敷き(元ネタ)にしているので、なかなか馬鹿にできない。そのゲームのラスト近くで、こんな話が出てくる。「かつて光が暴走したときに、闇の戦士が世界を救った」という。どちらにせよ、ゾロアスター教的な二元論を下敷き(敵のモンスターに「アーリマン」も出てくる。アーリマンとはゾロアスター教における悪の権化である。)にして、光と闇のバランスをとることが、世界を安定させるという観点で物語が組まれている。


18世紀から19世紀に「産業革命」により光が暴走し、19世紀末から20世紀半ばにはそのカウンターとして「二つの大戦」という闇が暴走した。このとき「アーリマンの帝国」として日本とドイツは断罪され(イタリアは?)、冷戦という「明るすぎず暗すぎない」という時代が過ぎた。20世紀末には「新たな悪(アーリマン)の帝国」ソヴィエト連邦が崩壊し、正義(光)の勝利となり、フランシス・フクヤマは「歴史の終わり?」を書いた。しかし、私の見るところまた、光が暴走している。

具体的には150年前の「産業革命」にあたるものは明らかに「情報革命」であろう。1970年代から80年代はテクノロジーの一分野に過ぎなかったが、1990年代に入ってから急速に発達し、2017年現在は大量データと人工知能(BiG Data、IoT、AI)を先頭として異常発達を続けており、「将来なくなる職業」などがよく特集され、ビル・ゲイツでさえ「AIが人の仕事を奪うならAIに課税すべきだ」と言い出す状況である。なんというかテクノロジは「今度こそ生命の神秘である精神も征服できる」と意気込んでいるようだ。

さらに「共産主義」に勝利した「資本主義」は「新自由主義=グローバリズム」へ発達し、情報革命とも連動しながら、瞬く間にカネを中心に世界を席巻してしまった。もやは情報とモノとカネはインターネットの中で自由に行き来し、佐伯啓思のいうシンボリックアナリストがそれを使って巨大な格差を生み出すにいたっている。

これは光の暴走である。商売とはいえ「テクノロジがすべてを解決できる」「AIが人を駆逐する」という言説を堂々とする企業経営者やマスメディアは多い。端的にいって高い確率で思い上がりである。まともな知性の持ち主ならそれはわかっているだろうが、「マス」あるいは「畜群」たる多くの人々は真に受けているだろう。その状況それ自体が「光の暴走」である。光が暴走するとなにが起こるか、「陽極まれば陰に転じ」るのである。闇が深くなるのである。闇が深くなれば、またぞろアーリマンが活動するのである。

エドワード・ルトワックという戦略論の大家は「パラドキシカル・ロジック」という言葉を使う。「逆説的論理」と言うわけだ。それは世の中は相互作用の世界であるがために、「強くあろうと強気に軍備を拡張すると、周囲の警戒を招いて、結果として相対的に弱くなる」というものだ。ルトワックによれば大国というのは小国に勝つことはできないそうである。それはパラドキシカル・ロジックが働くからだと言うわけだ。逆に小国は大国に勝つことができる。日露戦争がその典型であるとのこと。

話がそれたが世の中は私の見るところ、相互作用で動いており、善悪理非とは無関係に「バランス」の中で動いている。今は光が暴走している。必ずそれは闇の増幅をもたらすだろう。いや、頻発するテロ、解決しない失業問題、実感なき景気回復などすでに増幅を始めているように思える。スターウォーズのような映画ではないから、止めようがない。したがって覚悟するしか仕方がないのだが、芸術家たちが象徴主義のようなものを表現し始めたら、それはアーリマンの警告かもしれない。文学や絵画はもはや往年の力がないが、それはどこかですでに始まっているだろう。




2017年5月10日水曜日

フェイク・コンスティテューション

■帝国憲法と日本国憲法
日本国憲法の改正を政治日程に乗せることを安倍首相が発表した。「9条1項・2項を保持した上での3項の追加」という原理原則から言えば矛盾のある内容ではあるが、まずは明言したことを是としたい。

大日本帝国憲法も日本国憲法もそれぞれの歴史的状況から制定(後者は「制定」とは言いかねるが)された。大日本帝国憲法(以下、帝国憲法)はむき出しの帝国主義時代に「喰われるよりも喰う側の列強」として認められるためと、身分制度が崩壊した故に兵役に参加することとなった臣民(日本国民)の権利意識への対応のためという二点から制定された。参照したのはプロイセンの憲法だが、ベルリン大学の学者より「憲法はその国の歴史・伝統・文化に立脚したものでなければならないから、いやしくも一国の憲法を制定しようというからには、まず、その国の歴史を勉強せよ」とのアドバイスを受け、明治22年、立憲君主制の近代憲法として発布された。


近頃はよく知られはじめたが、 日本国憲法は1946年にダグラス・マッカーサーにより「マッカーサー草案」として下書きされ、GHQ(アメリカ)の意向により日本側の自主的な改正という体裁をとって昭和22年に発布された。江藤淳の研究に詳しいが、日本国憲法が訳文調なのはこのためである。敢えて断言するが、日本国憲法は敗戦と軍事占領を背景としており、米国を中心したUN(連合国・国連)の懲罰として主権の一部を恒久的に停止することを目的とした憲法である。敗戦直後の日本政府にせいぜいできたことは 'We, Japanese people...' を「我々、日本人民(people)」と訳さず、「我々、日本国民」と訳したくらいである。人民という言葉遣いは共和主義・共産主義の言葉遣いである。
ついでに記すと、国民は英語ではnationである。また立憲君主国の場合は臣民であり、これは英語ではsubjectである。

何にせよ「日本」という国を永続的敗戦国という位置に置くことが日本国憲法の主眼であったことは間違いない。また当時のマッカーサーが持っていた無邪気な理想主義を実現し、日本における「キリスト」となるという願望が反映されているかも知れぬ。なお、この手の理想主義の元祖はウッドロー・ウィルソン米国大統領であり、彼自身も人生の後半は「キリスト」として振舞った。そして後年マッカーサーが「日本の戦争は自衛であった」と認めるに至ったように、国際連盟を創設するも米国は参加できず、国際連盟憲章に人種差別の禁止を日本が提案するとそれを却下するなど、理想主義者でありながら、ご都合主義者で合ったことも共通している。

話を戻そう。その後日本国憲法は70年以上も改正されずに生き残り、おかしな表現だが一定の「伝統」を保持するに至った。帝国憲法と同様に「不磨の大典」とされたのである。前者は明治帝を後者は米国を権威として。

■権威と権力の分立の伝統
なぜ、不磨の大典化するのだろうか。ベルリン大学教授のアドバイスに従って、我が国の歴史から考えてみる。
我が国は極めて珍しいことに「権威と権力の分離」がある種の伝統となっている。「政教分離」もこの伝統に従って、欧州よりもずっと容易かつ早期になされた。

まず「権威と権力の分離」だが、これは平安時代に藤原家の権力の簒奪から始まり、鎌倉時代に公家(貴族)から権力が武家に移行しても、権威は天皇家・権力は世俗政権という形が我が国の伝統になった。この形式は現在でも続いているので1000年程度の歴史があることになる。「権威と権力の分離」が確立すると同時に所謂「律令制」は崩壊し、権威側に属する「律令」それ自体は手をつけることなく、(それとは無関係に)権力側からの民法・刑法・軍法の一種である「式目(御成敗式目)」が鎌倉幕府の手により制定され、権威とは無関係に運用された。これは武家のみを対象としていたが、鎌倉幕府崩壊以降も有効でありつづけ江戸幕府の制定した武家諸法度もその上に一部改定の上で足されたにすぎない。民間(農工商)は不成文の慣習法であり、こちらも時代とともに修正され続けた。
その意味で英国式の慣習法の積み重ねとして実際の法律は機能し、権威者が制定した憲法(律令)は棚上げにされているというのが我が国の伝統的な図式と言えるかも知れない。

そうだとすると、現行憲法の運用は実に日本的伝統に適っているとも言える。権威者(ダグラス・マッカーサー元帥)が制定した憲法はとりあえず棚上げにしておいて、現実は権力者(自民党)が適宜やって行きましょうという図式である。実際、律令それ自体が(郡県制や王土主義など)全く機能していなくとも、象徴的に明治維新まで続いて(太政官制など)も誰も困らないというのが日本の伝統的行き方なわけである。

■日本国憲法の出自のいかがわしさ
しかし「伝統に沿っているから現状の姿でいいではないか」とはならない。理由は二つある。まず近代国家としてのコンスティテューション(国体・憲法・国の在り方)を諸外国に認めてもらうことから、近代日本は出発しているため、どのような原理原則の国なのかをある程度明示しなくては諸外国に誤解を与えることになる。英国のようにいち早く近代国家となり、覇権国家となった国ならば、その歴史が憲法(コンスティテューション)の代替になる。故に英国には成文憲法はない。
しかし日本はそのような国ではなく近代国家としては後発国である。明治期に近代国家としての承認のためにコンスティテューションを明示し、それを運用するしてみせる必要があった国である。それ故に成文憲法は諸外国へのアピールとして必要であるし、その原理原則と行動が異なると(憲法9条1項・2項と自衛隊の存在など)諸外国からは不信感をもたれるであろう。芦田修正などの微妙な話は外国には通じるはずがないし、ある種の詐術である(仕方なかった面はあるが)。極端に言うと「民主主義人民共和国」と名乗っていながら、民主主義でもなければ、共和国でもないというような国家と同類に見られてしまう。


二つ目は「米国という権威者に保証されている国」という日本と日本人を思考停止に追いやる元凶であることである。江藤淳はこれを「ごっこの世界」と呼んだが、まさにそのとおりである。日本国憲法は「戦争に負けたから戦争が(米国によって)禁止された国」であるという準主権国家、言葉を選ばずに言えば「米国の属国」であることに疑問を抱かせないためのシステムの一部である。我が国は1945年から1952年の7年間、米国の軍事占領下にあった。所謂、オキュパイド・ジャパンだ。
国際法上軍事占領下にあり、主権が停止されている国で「憲法改正」などできるはずはない。改正したとしても、それは占領している国の強制以外の何者でもありはしない。従って押付けられた憲法どころか「偽憲法」である。ちょうどヴィシー政権下のフランス憲法のようなものだ。だからこそ自民党の党是に「自主憲法制定」というものがあるのである。あくまでも占領政策の一環としての「憲法改正」であり、私の見解では法的には無効である。

だが、米国を権威者として成立してしまった日本国憲法を頂いて70年も経過してしまい、病巣は日本人の血肉化してしまったように見える。だが、病巣は病巣である。米国という庇護者の下の「ごっこ遊びの世界」から抜け出して、自分の運命を自分で決める大人の当たり前の国に私はしたいと思う。社畜だブラック企業だというような、自己決定ができず上位者に唯々諾々と従うスタンスの大元が実はこの「日本国憲法」にあるのではないかとさえおもう。もはや独立してやって行けるだけの経験とスキルを持ったサラリーマンが「いつかは独立」と言いながら定年を迎えてしまうようなことになってほしくはないし、なりたくもない。


まずは「不磨の大典」化した「偽憲法(フェイク・コンスティテューション)」をまずは1行でも変えることに集中すべきであろう。米国という宗主国の権威を否定し、まともな国にするための第一歩である。

2017年5月1日月曜日

生命の法則

'In Italy for 30 years under the Borgias they had warfare, terror, murder, and bloodshed, but they produced Michelangelo, Leonardo da Vinci, and the Renaissance. In Switzerland they had brotherly love - they had 500 years of democracy and peace, and what did that produce? The cuckoo clock.  'The Third Man'

「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」(第三の男)

男性の原型はなんだろうか。勿論、女性である。女性を原型にして突然変異のなかで男性が造られたのである。その証拠に乳首もあれば(無用である)、睾丸には溶接したようなラインがある。ペニスだってクリトリスの発達型に過ぎない。私の妄想ではない。生物学的にそうなのだ。ある種の魚(タイの類など)では、すべて雌として生まれるが、環境が悪くなると、そのうち最大・最強の雌が「性転換」するそうである(無論逆パターンの例外はある)。要するに環境への変化への対応として、雄、すなわち男性が出てくるに過ぎない。その意味で、少なくとも人類の男性は生物学的には「手段」に過ぎない。



男性の原型が女性だとして、人間の男性のそもそもの社会的役割(生物学的には自明だ)はなんだろうか。男性は平均的に女性よりも三割程度筋肉量があるそうだ。そんな医学的な知見を持ち出さなくとも、一般に女性より腕力とスピードに優れ、背が高く、空間認識力に優れる(それ以外はたいてい女性の方が能力的に上)。判りきっていることだが、これは「狩人」「戦士」に向く身体的特長である。要するにそもそもは「女性と子供」を養い、守るというのがその社会的な役割の原型である。少なくとも100万年の人類史の9割ぐらいをこの役割でまかなってきたはずであり、我々自身はその環境へ適用した生物学的特徴を未だに残している。

最近知ったのだがマーチン・ファン・クレフェルトというオランダ生まれのイスラエルの学者がいる。歴史学や地政学、戦略論の泰斗なのだが、彼の言葉に「生命の法則」というものがあるそうだ。それはシンプルな法則である。「男は戦い、女は戦士を愛する。それが守られない国家は衰退する。」というものである。この場合の衰退とは「少子化」のことである。この戦士の法則をないがしろにする国は端的に少子化が進むそうだ。クレフェルトによれば生命の法則を忌避する国の文化には特徴がある。それは「戦争の忌避」「性的マイノリティの擁護」「フェミニズムの台頭」「銃規制」「移民の受け入れ」だそうである。これだけ読めば暴論のように読めるし、「リベラル」への攻撃としか見えないかもしれない。

しかしどうやらこれは高い蓋然性で科学的に正しそうである。古代国家であれ現代国家であれ、その活力のソースは「生命としての基本」に立脚している。柔弱になった国家はアテネであれ、ローマであれ、であれ、徳川体制であれ衰退し滅んでいる。倫理善悪は一旦置けば「その地域や国家の文化として暴力を忌避し始めることは生命力の衰退のサイン」であることは間違いがないようだ。

これはなかなか厳しい指摘である。少なくともわが国における戦後世代の教育や倫理観を真っ向から否定するものだからだ。政治学の観点は大別すると3つある。「リアリズム」「リベラリズム」「コントラクティヴィズム」がそれである。我々は「リベラリズム」の観点に基づいた教育をこれまで受けてきている。「リベラルな価値観、自由市場、国際制度機関の拡大によって国家間の協力関係が増加する」というような価値観である。その奇妙な理想主義は勿論米国によってもたらされたものであるが、GHQによる情報統制とは別に、総力戦の敗戦後という価値観の混乱との相乗効果もあり、日本という国家の表向きのドグマとなった。

そして日本とは異なる経緯と事情により、西欧諸国や米国で時折盛り上がるムーブメントとしてのフェミニズムやマイノリティ開放、近くはヘイトスピーチの禁止などの影響を受けつつ、また戦前の贖罪意識、或いは勝ち馬に乗る事大主義を本音とした偽善の横行により、リベラル的な主張こそ正しいというような正当性を持つに至った。

さらに、冷戦の崩壊による「歴史の終わり?」的自由主義陣営の勝利による永久平和の達成という壮大な勘違いや、グローバリズムという地域や多様性をその基礎としながらも、結果的に一色に染めるという特殊な擬似全体主義の横行により、リベラリズムはその力を増して行った。しかし、その極点でBrexitやトランプ大統領が登場した。正確に言えば「リベラル・グローバリズム」は「仮面をかぶった帝国主義(Disguised Imperialism)」に他ならないというのが目下の私の結論である。それを主導してきた米・英が自家中毒に陥ってそれに耐えられなくなったというのが現在起きていることの意味ではなかろうか。

米ソ対立が終焉し、ちょっとした平和の宴の後、明らかになったのは「文明の衝突」というむき出しの帝国主義であり、しかもかつて文明国同士で取り決めた「戦のルール」など一切守らないテロリストや「超限戦」を標榜するクレイジーな大国の台頭である。要するにリベラリズムは失敗したのである。「コントラクティヴィズム 」はその失敗に対するリベラル陣営からの楽観的な言い訳に過ぎないと私は思う。

さて、そうであれば結論は簡単である。我々の教育のベースにあった「リベラリズム」は誤りである。つまり教育そのものが失敗だったのである。若い世代は既に気がついており、マスメディアが流す旧態依然としたリベラリズムや学校教育でのリベラリズムをほとんど信じていない。2016年の都知事選で明らかになったように「リベラリズム」という「ドリーマー」はもはや無効なのである。すると立脚すべき観点は「リアリズム」しかない。

リアリズムは要するに「利己主義的国家が権力と安全保障をめぐって常に競い合う」ことを自明のこととして受け入れ、その中で「不肖の器」たる兵を簡単に動かすことなく、パワーバランスをとって行く「苦しく厳しい」ものである。だが、現実が適者生存のダーウィニズムの理論で動いている以上、ここから目を背けること自体が単なる逃避であり、グローバル・リベラリズムとは壮大な偽善だったのだろう。

利己的な遺伝子の乗り物(ドーキンス)でしかない我々の本性は競争、つまり競い、争うことである。そして活力のある国家とは結局のところ「野蛮である」ものである。野蛮な活力のある相手に対応しながら生き残る戦略はこちらも「狡猾かつ野蛮」であることしかない。それは生物学的には男性の役割である。リベラリズムの失敗が明らかになった今、リアリズムに基づいた「狡猾な野蛮」さが我が国、或いは文明世界を守るために必要な構えであろう。

誤解を避けるために最後に記すが、戦前の無謀な帝国主義日本を復活せよとか、戦争せよとか主張している訳ではない。そうではなくて、野蛮であることを忘れ、戦士たることを忌避する文明・国家は衰退すると言っているだけである。日本は日本の生存と世界の平和のために「狡猾な野蛮」さを身に着けろということである。それは決して「(日本を)取り戻せ」ではない。あたかも戦国期から徳川初期の武士のように真摯かつ知的、そして平和的でありつつも常に帯刀し、稽古を怠らないスタンスを身に付けよという意味である。

また、女性の社会進出を否定するものでもない。ただ、男性並に働きたくはなく、育児や家庭に重きを置いたり、専念したい女性にはそうするだけの仕組みを用意すべきと思うだけだ。男性並みに働いて、男性以上に所得を得、或いは国家を指導する女性は尊重されるべきだし、それは男女は関係ない。だからと言って、パートや専業主婦を侮蔑する理由にはなるまい。そうではなくて国家全体として「生命の法則」に逆らうと衰退するという厳然たる事実があるということである。


「世の中が不穏であることから逃避する」これは最悪の選択肢である。皆忘れているが、「座して死を待つ」以外の何物でもない。

2017年4月28日金曜日

建前論の行き着く先、或いは地獄の敷石

この世は矛盾に満ちている。矛盾というより逆説(パラドクス)と言うべきだろうか。成長途上の子供や若者ならばともかく、普通の大人は「建前は建前」であることを知っているものだ。それほど自覚的でなくとも、特に「正義」の衣を纏った建前には「ああ、反論させたくないということだな」と解釈できるのが普通の大人である。

ところが世の中にはこの建前というものを本気で信じてしまう人が存在する。それには色々な理由があるだろう。生まれつき宗教家の素養があったり、己や世界を客観視できるほどの知性がなかったり、ある種の教条主義的な家庭で育ち、精神的親離れができなかったり等々。しかしそのような人々は少数派だろう。いずれも「滅多にいない」レベルの少数派である。

それにしては建前を本気で信じてしまう人が世の中に多い。何の話をしているかと言えば、ポリティカル・コレクトネスの話である。近頃はPCやポリコレという略称で日本でも定着してきた。このポリティカル・コレクトネスの本家である欧州や米国では逆差別問題や反グローバリズムが目立つなかで、むしろそのピークを過ぎている。しかし「欧米の後追い」が大好きな日本においては周回遅れで流行する可能性がある。



すでにある程度「スチュワーデス」⇒「キャビンアテンダント」「保母⇒保育士」などのフェミニズムの文脈で日本も影響を受けている。しかし行き過ぎると息苦しい社会になるのでそんなものが定着してほしくはない。只でさえ「敗戦+日本国憲法」を核とした「戦後民主主義・戦前絶対否定主義」という日本流ポリティカル・コレクトネスの横行が弱まったのに、欧米流のそれが日本に流入すると善意の地獄のようなものが現出するかもしれない。

さて、ポリティカル・コレクトネスの定義だが「政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のこと」(Wikipedia)だそうである。
これだけ読めばまことに結構なことなのだが、普通に考えてこんなものは「イデア界」にしか存在しない。或いは最後の審判の後の神の国にしかあるまい。神ならぬ身で、一体誰が「公正・公平・中立」を保証するというのか。

ポリティカル・コレクトネス は1980年代の米国から始まった奇妙なムーブメントなのだが、それが世界に広まりつつあるのがおかしなことである。別段どこの国でもその国の暗い過去の歴史に起因するタブーは存在する。そのタブーに触れない、或いは克服する努力はあるし、それがそれぞれの国のポリティカル・コレクトネスである。だからそれぞれの国と地域に限定しておけばいいものを、米国人は世界化したがり、西欧人は欧州全体に押し広げようとする。

大体においてポリティカル・コレクトネスが叫ばれる領域は「人種」「宗教」「性別」「文化」である。端的に言って主にキリスト教が基盤となったとした白人社会の話である。結論を申せば「白人がこれまで犯してきた罪の意識への救済として、贖罪のために善意を押付けている」というだけである。もはや「神は死んだ」現代では、人間理性を神の代わりに置くしかないのであろう。(それがどれほど恐ろしい現実を招来するか、フランス革命で学んだはずなのだが。)

米国は先代の大統領が黒人だったが、建国以来の長い黒人差別(正確には黄色人種である先住民を含む有色人種への差別)の歴史がある。それがあまりにも身近であり、また1945年以降の人種平等的イデオロギーの世界的伝播、キング牧師やマルコムX、或いはブラックパンサーなども含む非暴力或いは暴力的な黒人解放運動(公民権運動)の努力と闘争の結果、少なくとも表立っての差別は「悪いこと」というものが定着した。また、キリスト教的(ピューリタン的というべきか)な発想から女性の社会的地位が歴史的に低かったため、反動としてのフェミニズムが勃興し、こちらも表立っての差別は「悪いこと」として定着した。(ガラスの天井云々でいまだに続いている)

一方西欧だが、こちらはユダヤ人への差別がその歴史の伏流となっている。また、大航海時代から始まる帝国主義により有色人種を暴力的に支配する一方で、1700年代まで宗教戦争が横行した地域である。それらの結末として、ナチス・ドイツが台頭し、ユダヤ人(ロマ:ジプシーも含む)のホロコーストを繰り広げた。その反動としてナチス的なものの徹底的な否定、ユダヤ人やロマ、アラブ人などへの差別の否定、欧州内での非戦などをイデオロギーとして「EU」が生まれた。そのイデオロギーこそがある種のポリティカル・コレクトネスなので、これを否定することは絶対のタブーだ。(自壊しつつあるけれど)

翻って日本だが、欧米流のポリティカル・コレクトネスは、はっきり申し上げて「何の関係もないのに、わけのわからない正義を押付けられてもこまるだけ」である。しかも、所詮は建前に過ぎないこともわれわれ大人は知っている。米国では厳然と黒人は差別されているし、欧州で不快な思いは何度もしている。(イタリアは例外だけど)

西欧諸国や米国と日本は価値観も歴史も共有していない。あるのは同じ「近代国家」という共通点だけであり、最低限のルール共有(最恵国待遇などの付き合いや国際法)はしているが、我々には黒人奴隷を使役したり、セックススレイブ(アメリカの黒人の肌の色に幅があるのはこのせいだ)にしたり、ユダヤ人を差別したり、宗教戦争で近代まで殺しあった歴史などない。

勿論、日本の歴史に暗部がないと言っている訳ではない。織田信長が比叡山を焼き討ちするまで宗教戦争はあったし、現代まで続く部落問題もある。中共による誇大宣伝はともかく、人身売買もあれば売買春もあった。だが、それはそれで個別の事情である。少なくとも欧米流のポリティカル・コレクトネスとは何の関係もない。参考にはなるのかもしれないが、真似する必要も恐縮する必要もどこにもありはしないのだ。

グローバリズムの信奉者は二言目には「ダイバーシティ」という。だが、不思議なことにグローバリズム自体が世界の単一化を志向していることに気がつかない。ファシズム(全体主義)は危険だというくせに、全体を同じ方向に向けようとする。迷惑千万である。

たとえば、日本においては女性の地位は低くない。今も昔もである。妻が夫の財布を握っていることが主流な国でよくも地位が低いなどといったものだ。ルイス・フロイスも驚いて書いているではないか。「日本では女性は男性の所有物ではない。よき友であり、理解者であり、妻である」と。

ついでに言えば、明治日本が西欧流の「女性は男性の所有物」というのを猿真似したのだ。結局定着しなかったけれど。(サラリーマン諸君を見よ!)

近頃はようやくグローバリズムへの反省が出てきた。「一つのヨーロッパ」ではなくて「さまざまなヨーロッパ」の並存が望ましいとエマニュエル・トッドは言う。欧州については他人事であるが、賛成である。世界が単一になるなんて、退屈きわまりないではないか。


地獄への道の敷石は善意で舗装されている」そうである。このポリティカル・コレクトネスという善意はまさにその舗装の化粧石だろう。言ってしまえば「偽善」である。偽善がルールの世界はユートピアでもネバーランドでも桃源郷でもエルドラドでもない。それは端的な「地獄」である。

2017年4月25日火曜日

何を”保守”するのか

私は一介のビジネスマンに過ぎない。従って政治にせよ歴史にせよ難しいことはわからない。別に謙遜ではない。自分の仕事に関する専門知識と比べれば「知識と理解」が圧倒的に足りないことぐらいは自覚しているだけである。だが世の中の大多数が私のような「政治の門外漢」により構成されている。そして良くも悪くも「民主主義」である。だから政治や社会には関心を払わざるを得ないし、的外れも覚悟の上でブログに考えを綴ってみたりもする。

直接の知り合いやSNSのつながり、ブログ読者の方には説明不要だが、私の政治的立場は「保守」である。この20年来「暴走する保守」「迷走する革新」という語義矛盾な政治状況が続いており、なかなか定義が難しい。そこで自分自身の整理も兼ねて自分の立ち居地を考えてみる。


保守という語義を考えると「保ち」「守る」ということであろう。それではそもそも私は何を”保守”したいのだろうか。

極小的には「生活」である。ある程度以上の収入を得て、家族を養い(共働きだけどもw)、たまには旅行に行ったり、娘の成長を喜んだりする。そうした生活を”保守"して行きたい。これは一般的には揶揄をこめて「生活保守」と呼ばれる立ち居地だ。それは否定しない。

その生活と地続きなのはどこまでか?大枠では地域であり、国家である。少なくとも北は北海道から南は沖縄までの日本人に同胞意識を持っている。海を隔てた外国はどれほど近くであれ、どれほど親日的であれ、「隣人の国」であり、同胞意識はもてない。国を生体に例えれば、隣人たちは異物であり、有益なら歓迎し、有害なら排除する。あくまでも私にとっては日本人が同胞である。

その生活と地続きである「日本」社会の中で”保守”したいのはなんだろうか。それは恐らくこんな社会だ。多くの人が「中間層」に属し、それぞれの才能に応じて努力する。「生存」を保障されながら、水準以上の教育を受け、さまざまな曲折がありながらも社会人となる。そしてこれまた紆余曲折を経て伴侶を得、子供を育て、社会に送り出し、運がよければ孫の顔なども見て死んで行く。それが「普通」であるような社会である。

今度は縦軸(時間軸)に目を移そう。大学では哲学を学んだが、もっとも違和感がなかったのはヒュームに代表されるイギリスの経験主義である。ドイツ的、フランス的な観念を演繹して行くタイプの哲学は「なるほど」と思っても強い違和感ばかり感じた。まず「決め付け」があり、それを証明して行くスタイルの思考は私には危うく思えた。要するに最初の前提が間違っていたとしたら、どこまでも間違いを広げてしまうと思うのだ。

私の理解では、世界は「ダーウィン(やはりイギリス人だ)」の発見した理論に従い、「適者生存」のロジックに貫かれている。従って、一定期間以上続いた物事には何がしかの理由が存在する。そしてそれを短期間で覆そうとすると思ってもみないさまざまな影響が出る。従って、生物の進化と同様、物事の進化、社会の進化も連続的かつ漸進的であって、急進的な進め方は多くの場合は破綻すると考えている。急進的な進め方は「正しい方向性」の決め付けからスタートするが、その方向性が「正しい」可能性は極めて低いと考えるからである。

なぜ正しい可能性が低いのか。それは人が神ならざる身であるからである。余人は知らず、私は錯誤と誤謬を繰り返しながら生きている。そのときそのときの決断が「正し」かったかは事後的にしかわからない。だから「正しい」ことを知るには膨大な時間による膨大な経験・知識が必要ということになる。「正しい」ことを知る。そんなことは如何なる天才でも一代ではなし得ない。論理的に考えればそれ以外の結論はない。

従って「適者生存」と「時間の風雪に耐えた事後的な正しさ」という条件からは「伝統重視」ということしかありえない。縦軸(時間軸)で保守すべきものは”伝統”ということになる。

また「適者生存」は「ある特定の環境化への適応」のことであるので、限定された領域、限定された環境という大枠があるはずである。それゆえにその領域に限定された「伝統」こそがその領域でほとんど唯一機能しうるものである。他にも機能するものはあるだろうが、それは無限に近い試行錯誤を繰り返すことでしか判別しえない。そして最適解を見出す頃にはそれは伝統に組み込まれているだろう。

このような考え方に立つと日本の「革新」という立場は「自らが歴史を作る」と思い上がり、知恵と最適解の集積である「伝統」を破壊する愚か者でしかない。少なくとも政治において「急進的変革・改革」を唱える立場は左右問わず「天に唾する愚者である」というのが私の立場だ。

では一切の変化・変革を拒むのかと問われれば「そんなことは不可能だ」と答える。時代や世の中は嫌でも変わる。「適者生存」の原則は変化に適応しない者や社会を無情に絶滅させる。だからどれほど伝統を墨守しようとしても漸次的に変化して行かざるを得ない。そこには無数の試行錯誤があるだろう。それ故に変化や変革をせざるを得ないのだ。滅びたくなければ。だが、ユダヤ・キリスト教的に世界が直線的に変化しているとは到底思えない。世界の変化に恣意的な方向性は存在しないと私は思う。それゆえに正しいことを見極めることはほぼ不可能である。世界は永劫回帰というか、仏教的な輪廻のようにグルグルと回っているというのが実感に近い。近代においては縦軸にテクノロジーをとった螺旋階段のような変化をしているのであろう。(この縦軸とて、いつ失われるかわかったものではない。古代ローマを見よ)

螺旋階段を上る中で足を踏み外さないように伝統を参照しながら、できるだけ多くの中間層が人間としての本性(幸福を追求しながら子孫を残す。残せなくとも別の形で子孫に貢献する。)を満たすような生き方を「守る」ための考えや態度、それこそが「保守」であろうと私は思う。