2018年4月23日月曜日

政治思想の見取り図


消極的支持或いは消去法
安倍政権がピンチだそうだ。とはいうものの自民党内部や財務官僚の「安倍降ろし」以外には特に脅威があるわけでもない。ある程度の現実主義にたって政権運営が可能なのは現時点で自由民主党以外にないし、グローバリゼーションに対応することでエスタブリッシュメントの支持を、憲法改正や中韓等への対応から保守層の支持を集める安倍内閣はサヨク&サヨクマスメディアが騒ぐほどにピンチだとは思わない。安倍政権については「消極的支持」である。

政治は本質的に利害調整である。政党政治に基づく議会制民主主義においては最大公約数的な政策が主張される。利害調整であるから、政権政党やそれに近い大政党は国民のマジョリティの最大公約数的な意見や願望が反映された政策となる。最大公約数なのだから、自分の考えと非常に近い政党というものはよほどの幸運か、何も考えていない場合以外には存在しない。従って消去法での消極的支持が常態であるし、特に成熟した日本という社会においては、熱狂無き冷静な状態が望ましい。(マスメディアによる愚民化については別の機会に。)

保守vs革新?
安倍政権は「保守」と呼ばれている。尤も一部の若者の間では「革新」と呼ばれることもあるようだ。それも無理もない。否、安倍政権、或いは自民党政権は「革新」であったかもしれない。保守であるはずの安倍政権は小泉政権ほどではないにせよ、改革を叫ぶし、グローバリゼーションに肯定的であるし、積極的な親米である。「改革を叫ぶ保守」等は語義矛盾ではないのか。翻って、民進党や共産党は憲法絶対護持である。共産党とそのシンパに至っては「人々の生活を守れ!」と絶叫している。これは「保守」ではないのか?

戦後日本の常識的な区分は「親米=右翼=保守」「親ソ=左翼=革新」であった。米国による軍事占領の結果「親米+自由主義+経済優先」の体制が構築されたため、それを維持するのが「保守」、共産主義・社会主義へのシンパが「革新」ということになった。ところが大日本帝国の牙を抜くために米国が制定した「日本国憲法」は革新の理想が記されていた。天皇の宗教的側面の否定と九条の話である。佐伯啓思の言葉を借りれば「軍部に騙されて侵略戦争した」という米国製の「フェイクニュース」と上手くマッチしてGHQによる巧妙な検閲の下、「現実主義=悪=保守」vs「理想主義=全=革新」という戦後日本の思想的な構図が定着していった。この「日本国憲法」は「戦争放棄」というある種の理想が記載されている。日本における「革新」は「理想主義=善」であるため、これを墨守するという立場をとらざるを得ない。さらにソ連の崩壊により、共産主義幻想も崩壊してしまった。その結果「理想主義者」の拠り所はどれほど古臭くなったとしても護憲以外になくなってしまったのである。

一方、ソ連の崩壊とともに「自由主義」の勝利が確信され、共産主義シンパはその意味を失った。しかし、ここを起点に「自由主義」が「新自由主義」として暴走を始める。冷戦末期、米国のロナルド・レーガン大統領や英国のマーガレット・サッチャー首相による新自由主義は保守の顔をしていた。それぞれ、共和党・保守党という「保守」側から出てきたものであった。日本では中曾根康弘が首相であり、米英、とりわけ米国との蜜月時代であった。本来の意味での「革新」の本質は「普遍的にどの社会であれ、計画的に社会を進歩させる(ことができると考える)」ことである。そうだとすると、ソ連が崩壊した結果、一番左にくるのは実は米国であった。米国こそは「進歩主義」であり、「計画主義/設計主義」であり「革新」そのものであった。そして米国は共和党・民主党にかかわらず「グローバリズム」を推し進め、新自由主義のドグマである市場の自動調整機能を信じて、弱肉強食化を推し進めた。そしてその薫陶を受けた、或いは庇護下にある我が国の自民党は「保守でありながら絶え間なく改革を訴える」という不思議な政党となった。小泉純一郎が首相であったころの「改革なくして成長なし」というフレーズは米国的「革新」そのものである。
これが「改革を訴える保守」と「生活保守と護憲を叫ぶ革新」という構図の大まかな見取り図である。




西欧文明の根本的なロジック
日本における一般的な「保守」の定義は前述のようなものである。乱暴に言えばネットスラングの「ネトウヨ」が意味しているものと大差ない。混乱を回避するために、さしあたりそれぞれ「ウヨ」「サヨ」と呼んでおこう。子供っぽいネーミングだが、どちらも少し足らないのでふさわしいだろう。さて、保守主義の父と呼ばれるエドマンド・バーグ的な意味での保守と「ウヨ」とはあまり関係がない。保守は「人間理性万能」に対する警戒から生まれた思想である。「人間理性万能」 主義は1789年に発生したフランス革命を嚆矢とする「人間が社会を設計し、理想社会や文明を構築する」というような考え方だ。それは西欧的な意味でのヒューマニズムであり、近代主義そのものと言ってもいい。その一つの帰結が計画経済である共産主義であり、もう一つの帰結が科学万能を前提とした市場原理主義である。前者は分かり易い。人間の理性が絶対ならば、英知を結集して限りなく無謬に近い計画を作ることができるであろう。それを優秀な管理者が実行管理していけば、間違いなく素晴らしい社会が到来するであろう。その社会を共産主義社会と呼ぶ。と、こういうわけである。この観点で言えば、ソ連はフランス革命政府の直系の子孫である。後者は少し込み入っている。人間の理性が絶対ならば、経済はそれぞれの人間に備わっている理性に任せることで、「神の見えざる手」が動き、結果、最終的に最高に効率化された社会が到来するであろう。それは平等ではないが公正な社会であり、これを資本主義(市場原理主義)社会と呼ぶ。ということだ。どちらにせよ、人間の理性、平たく言えば脳みそを楽観的に信用している。理性が作り出した、共産主義であれ、民主主義であれ、計画経済であれ、自由主義経済であれ、人間に普遍的に通じる思想、即ち理想が実在することを信じて、人工的に文化・経済またそれを統合した文明を創り出す、改善、改革できるという考え方である。この考え方が西欧の根本にある。プラトンのイデア論に一神教であるキリスト教が混淆した思想が根底にはありそうだ。

文化・文明に設計図はない
少し考えてみればわかることだが、文化・文明というのは人間が設計して生み出したものではない。社会的動物である人間が、その時その時に必要な行動、例えば、話し合い、喧嘩、戦争、研究、発明、創発などを積み上げていった結果、「できてしまった」ものである。聖徳太子がこのような国であれかしと決めたから、日本の社会がこうなったわけではない。日本列島に住んでいた様々な人間の行動の結果が蓄積され、「なりゆき」で日本文明が形成されたはずである。その時々に天才が出現し、大きな影響力を振るったが、その天才たちが社会や文明それ自体を「設計」したわけではない。織田信長がブラック企業を許容する文化を生み出したわけではない。要するに人間たちの思慮や行動の蓄積が文化・文明を構成しているのである。しかし、ただ蓄積していくだけで文化・文明が構築されていくわけではない。そこには「時間」という篩(ふるい)が必要である。その時に最善のものであっても時間がたつと陳腐化する。非合理になる。不便になる。そうしたものは淘汰されていく。その時間の重みに耐えたもので、完全には理解不能な正当性がある認識されたものが「伝統」と呼ばれる。文明は文化(同じ時代に広がるもの)を横糸に、伝統を縦糸に構成されるものである。そして、それを是とする態度、考え方が「保守」であり、「保守主義」ということである。

これは理性万能の普遍主義とは真逆の考え方である。保守主義は人間の理性を万能とは考えない。保守主義は普遍的価値や人類共通の理想を「虹のようなもの」として扱うのである。追うことはできるが、たどり着くことはないということである。

「ウヨ・サヨの奉じているもの」
普遍主義は理想主義と相性がよい。人類共通の価値であるのだから、この価値が全世界で受け入れられるべきだと考える。理想主義も、このような素晴らしい理想なのだから、何よりも最優先されるべきだという考え方であり、現実と向き合いを粘り強く改善するというようなことが苦手だ。なぜなら素晴らしい理想(普遍的な価値)があるのだからそこに一足飛びに改革すべきだと考えるからである。これが日本の「サヨ」の発想である。門田隆将がそうした人々を「ドリーマー」と呼んだが、なかなか適切なたとえだった。これが衰退したのは喜ばしいことだ。理想主義と普遍主義が結びついて、政権を握るとろくなことにならない。ある価値が絶対に正しいならば、それ以外の価値は無価値であり、悪である。従って弾圧すべきとなって、容易に全体主義に行き着くのである。ジャコバン独裁もナチズムもスターリニズムも理想主義的普遍主義が生んだ地獄であった。一足飛びの改革のことを普通は「革命」と呼ぶ。

では「ウヨ」ならよいのか。米国は明らかに普遍主義の国である。民主主義(アメリカンデモクラシー)と資本主義経済は人類普遍の価値であり、あらゆる社会は様々な曲折を経ながらも最終的に民主主義+資本主義になるはず、なるべきという立場である。これは結局一つの理想世界を目指しているのであり、ある種の全体主義と言ってもよい。共産主義という極左が消滅した今、普遍主義、進歩主義の観点から見れば、米国は現時点で極左である。ダイバーシティなどと言っているが、PC(ポリティカル・コレクトネス)の本質は全体主義の言論統制と何一つ変わらない。そして中曾根内閣以降の自民党は対米従属の傾斜を強めている。ロンーヤスにせよブッシュー小泉にせよ、安倍首相の「価値観外交」にせよ、米国の唱える「普遍的」価値を奉じることを言っているのである。こう考えると「普遍主義・進歩主義」という点で「ドリーマーサヨと親米ウヨ」は同根である。

縦糸を改めて見つめなおす
「革命」が起きるとそれ以前の歴史との断絶が起きる。例えばルイ16世が断頭台に上って以降、寡頭政体のレジームであったフランスは崩壊し、共和主義のフランスとなった。そこでは過去は否定さるべきものとして扱われ、粛清の嵐が吹き荒れた。日本における「断絶」は言うまでもなく1945年から1952年。敗戦~占領の7年間である。これ以前と以後で歴史が断絶した。いや断絶したことにした。日本が受諾したポツダム宣言にある通り「一部の軍国主義者が日本国民を欺いて世界征服を企んだが、米国をはじめとする正義の民主主義国家に打ち破られ」(宣言には本当にそう書いてある)て、回心(コンバージョン)したというストーリーで主権を回復した。半主権国家かどうかは置いて、国際社会に復帰するにはそれしかなかった。「世界征服を企んだ(ショッカーか)」とされる戦前世界を「悪」と規定したために、そこで縦糸を断ち切ったわけである。

だが、ドイツ第三帝国とは異なり、自覚的に「世界征服」だの「民族浄化」だのを大日本帝国は企んだわけではない。ナイーブで稚拙で大失敗であったが、西欧文明による世界秩序に挑戦しただけであった。それも自覚的ではなく、なし崩しに大戦争に突入してしまったのだ。そうでなければ誰が、チャイナと英国の片手間に勝算のない対米戦争などするものか。「我々は降りかかる火の粉を払いのけようとしただけだ」と。私も祖父や祖父の友人に直接そのように言われた記憶がある。だが、これは公的にはタブーとなった。なぜなら大日本帝国はショッカーだったと日本政府が言ったわけである。ここで建前と本音が激しく分裂した。顕教と密教と言い換えてもいい。この密教は非公式の場でのみ伝えられてきた。

結局、縦糸は断ち切られてはいなかったのである。伏流水のように非公式の場に潜っただけであった。この密教化した縦糸を通じてしか、我々は祖父母・曾祖父母の考えていたこと、感じていたことを感じることができない。保守主義の立場で重要なのは、この構図を理解して、あくまで漸進的に密教から顕教の一部へと、言い換えればタブーを新しい共通認識へとつないでいくことが重要なはずである。なぜなら、伝統とは普遍主義とは逆に、その国、その土地、その民族固有の歴史、立場、文化、文明を尊重し、あくまで漸進的に継続改善する立場であるからだ。欺瞞的とは言え、戦後民主主義の存在さえも全否定はせず、少しずつ、以前より少しマシな共通認識を作る。少なくとも大日本帝国がショッカーだったというようなフェイクニュースから戦後日本が出発したことぐらいは常識として共通認識としておきたい。

このような抽象的な思考をしなくとも、普通に考えて我々の祖父・曾祖父の世代が世界征服を企んであの大戦争をしたということが、おかしいと思うくらいはできるはずである。そんなわけはなかろう。私や読者の祖父・曾祖父たちがそれほど愚かであったはずもない。それにしてもお粗末な顕教を信じ込んだものだ。それを建前としなければ例え半分であっても「主権国家」として復帰できなかったという事情はあったにせよである。






2018年4月1日日曜日

For your happiness


仕事は楽しいか?
多くの企業で新年度が始まる。日々の仕事が楽しいという人は幸いである。しかし様々な理由により毎日の仕事が苦痛である人は多いであろう。特に会社勤めの人で仕事が苦痛である人はかなり多い。実際に2017年の米ギャラップ社の調査によればやる気のない社員は70%、非常にやる気ある社員は6%であり、132/139ヵ国という非常に低い結果が得られた。それなりに高給で知名度も高い会社でも、行き詰まり感と愚痴に満ちていた。ちなみに「周囲に不満をまき散らす無気力社員」は24%。我が国を代表するような大企業を含む、いくつかの企業を渡り歩いた経験に照らすと大体正確に実態をとらえており「まあそんなもんだろう」というのが感想である。この状況に対する処方箋はそれこそ「自分のビジネス」として考えていくテーマではあるが、とはいうものの一般的な解がそう簡単にあるはずもない。これまでの経営や慣習、雇用の硬直性など様々な要因が複雑に絡み合っているので、個別具体的に考えていくしかない。このブログポストで書きたいのは、そういうことではなく、ある種の人々にとっては自分のことを自分で決めるようにすることで劇的に仕事が面白く、ストレスが軽減するという経験的な話である。それは私自身のストーリーでしかないので誰にでも通用する話ではないし、誰にでも有用という訳でもない。だが、読者の内の誰かの参考となればと思う。

不全感の元
私の仕事上の「不全感・不幸という感覚」の源泉はどこだったのか。20年ほど社会人をやりながら考え続けてきた結果、どうやら「自分自身の手綱を自分で握っていないこと」がそれであったように思う。というのは独立した現在、少なくとも主観的には幸福と感じているし、仕事上のストレスはほとんど感じない。サラリーマン時代よりも働いている気もするが、苦痛は感じない。その結果から判断するに「自分自身の手綱」を他人が握るか、自分で握るかが私の幸福のカギであったらしい。勿論、家族に恵まれているという要素はあるがそれば別途論じることとする。

20代前半で最初の企業に就職してからの3-5年くらいは、修行期間であった。特別な才能や強烈な「やりたいこと」があったわけではない私の場合はただ「使えないプログラマ」と「インチキSE」であった。謙遜ではない。プログラミングは未だに好きでも得意でもないし、当時の私のレベルはSEとしても非常に低レベルであった。そこからは外資系コンサルティングファーム、日系の総合人材企業、日系の製造業の中のシステム事業部と恐らく幸運なことに大企業ばかりを経験してきた。職種も様々だ。プログラマ、SE、グループ内営業、コンサルタント、人材紹介営業、法人営業、コンサルタント、商品企画、できることは何でもやってきたつもりである。待遇面でも外資系コンサルティングファーム時代を頂点に、いわゆる一流どころの給料であったので、実感はなかったが比較的恵まれてはいたはずだ。だが、楽しかったか?と言われれば非常に答えにくい。いや、逃げずに言えば「苦痛だった/モチベーションを維持するのが不可能だった」と答えるべきだろう。誤解のないように記しておくが、今となってはこれらの企業、同僚、上司には感謝しかない。それぞれの場所で多くのことを学んだし、その経験は私の仕事人生そのものである。それぞれの会社を批判するつもりはない。私が悪しざまに書いたとしたら、それは「構造」に対する批判だととらえていただければありがたい。

前置きが長くなってしまった。特に日系企業でのサラリーマン時代の苦痛を書いていこう。外資系での苦痛は「苦痛の意味」が異なるから別の機会に譲りたい。

苦痛の分析
まずは評価だ。被評価者として査定されるわけだが、これがたまらなく嫌であった。理由はこうだ。何をどう努力すれば評価が上がるのかがわからないからだ。実際、営業職でない限り、目標は定性的でしかも恣意的だった。勿論、人間が人間を評価するのだから、最後は好き嫌いであることぐらいは理解していた。しかし、それにしても不透明である。結局「上司の覚えをめでたくする」以外に評価を上げる方法はない。私の場合は良くも悪くも多くの上司と反りが合わなかったので、とりあえず被評価者として「評価を上げる」努力は完全に放棄していた。なぜこいつのご機嫌を取らねばならないのだという思いがどうしても拭えなかった。他にも理由がある。ここで評価が高かろうが低かろうが、さほど報酬に変化はない。またこの評価と昇給・昇格の関係もよくわからない。
では営業職なら明確なのか。確かに営業職は売上という動かしがたい「定量的目標と実績」がある。予算を達成すれば、評価は上がる。だが、残念ながら、担当商品やエリアは選べず、基本的にスタート時に大体ゴールが決まっている。最初に貧乏くじを引いてしまえば、予算達成できるかできないかが大体予想できてしまう。担当エリアなどは合議風の強制で決まるので、納得感はまるでない。では新製品やサービスを立ち上げればよいかというと、新しい商品やサービスをペイするまで育てるのは非常に難易度が高い。千三つ(成功するのは3/1000という意味)と呼ばれる領域での営業活動は既存事業での営業活動と難易度があまりにも違う。しかし、成熟した日本の大企業では新規事業を評価する尺度がない。新規事業に対しても売上目標が設定され、達成できないと実質的なつるし上げ会が始まる。勿論、評価者も周囲も本音ベースではわかっているので「大変だなあ」という声掛けはもらえる。だがそれが評価に反映されることはない。あるのかもしれないが私には知りようもなかった。

次は働き方である。ハードワークが嫌なわけではない。実際、40過ぎた今でも、必要とあらば徹夜も辞さない。昨年末から今年の年初にかけては大体毎日タクシー帰りであった。平均的な一日の労働時間は15時間ぐらいだっただろう。それでも精神的なストレスがないからどうということはない。ただ肉体的に疲れるだけである。しかし、日系企業で働いていた時はそうではなかった。自分で行動計画をざっくり立てて、それに従って日々行動しているのだが、上司の思い付きで差し込み作業が入る。すると計画が狂う。顧客の都合で差し込み作業が発生するなら文句はない。それは仕事の内であるし、そんなことは織り込み済みである。だが、上司の思い付きはそうではない。激務の間でも平気で無意味としか思えない会議を招集したりする。とあるお客様の案件で関西地区でシステム構築案件での話である。私が見積もりをしたのだが、常識的に考えて一人ではできない工数であり、納期であった。見積もった当初は3名程度で考えていたわけだが、ふたを開けたら、私がそのまま担当して、しかも一人。当時の上司に向かって何度もヘルプサインを出し、一人では無理だと訴えたわけである。しかし、一向に改善される(人がアサインされる)気配はない。東京のオフィスにいる際は何度もその話をしているのだが、社内メンバで何とかしろの一点張りである。勿論、社内メンバはそれぞれの案件を抱えており、身動きが取れない。そのくせ、時折思い付きで会議を開催しては独演会をする。いらぬ作業指示が来る。ただでさえギリギリの工数がさらに圧迫される。ストレスの頂点に達した私は、こんなメールを出した。「もうあなたとコミュニケーションをとる必要を感じない」と。そして良い関係性を構築していた顧客から、こちらの内実を話して「貴社の体制が不安だ」と訴えてもらったのだ。結果、外注のソフトウェア会社に助けてもらうことができた。勿論そのお膳立ては社内メンバと私が行った。何しろ、社内の上司が実質的に敵になるのだ。この下らなさったらない。社内調整と説得に工数を食われてのハードワーク。馬鹿々々しいにもほどがある。

人は時間的、体力的に働きすぎて死ぬのではない。四面楚歌の状態や意義を感じない仕事をやらされた結果のハードワークには耐えられない。多くの過労死の原因はそこにあるはずだ。睡眠時間を削ろうが、寝ないで働こうが、楽しく働いてさえいれば死んだりしない。楽しくないのに長時間働くから死ぬのである。

三つ目はマイクロマネジメントである。30代も半ばになると、ある程度の判断は自分でできるようになる。だが、権限移譲という概念が薄い日系の大企業ではやたらと細かいマイクロマネジメントがなされる。ある領域を任せたのなら、任せればよい。しかしそれができない。口では「君に任せる」というが、それは口先だけである。結局我慢できずにあれはどうなった、これはどうなった、どうするんだのマイクロマネジメントが始まる。それに従って失敗した時に一緒に尻ぬぐいをしてくれる上司はまだよい。だが、それさえないのにマイクロマネジメントをされるとはっきり言えば「馬鹿にされている」としか感じられない。「俺はあんたの子供でも家族でもない」といつも考えていたし、嫌がらせに「はい!いまからトイレに行ってきます!」などと叫んでもみた。これはある特定個人を非難しているのではない。日系企業ではかなりの確率でこのマイクロマネジメントをしたがる上長が存在する。そのくせ、失敗すると尻ぬぐいさえしてはくれない。ただ、部下のせいになるだけである。基本的に「大人として」部下を扱うことをしない。正確にはできないのだろう。その時代の私の口癖は「そんなに気に入らないならクビにすればいいでしょう」であった。大人気ないが、相手も大人扱いしないのだ。それぐらいがふさわしい対応だろう。

「自分の手綱を自分で握る」
この「楽しくなさ」の根幹はどこにあるのだろうか。最初に記した通り私の場合は「自分の手綱を自分で握れないこと」にあったようである。結局、サラリーマンを辞めて自分で会社を作り、零細コンサルティング会社を経営することになった時、社会人生活を楽しくないものにしていた「不全感」は消し飛んでしまった。サラリーマン時代と変わらないぐらい、或いは場合によってはそれ以上に働いているが、ほとんどストレスらしいストレスは感じない。ようやく自分自身の人生を生きている気がするし、自分で自分をしっかりとコントロールしている感覚が持てている。お陰様で仕事にも恵まれ、サラリーマン時代よりも経済的にもずっと恵まれている。もっと早くに独立すればよかったと思うほどである。実際にはベストなタイミングだったと思っているが、気分としてはそうだ。

まず評価はない。あるのは評判と報酬という名のフィードバックだけである。ハードワークもやらされているわけではないので全く苦にはならない。勿論、上司なんてものはないからマイクロマネジメントや社内政治とも無縁である。嫌な仕事は断ればいいし、失敗したら、やり直すだけである。その仕事を失うかもしれないが、また別の案件を獲得すればいいだけのことである。会社勤めの「安定」を手放す不安もよくわかる。私もそれで10年以上悩んだからだ。必要とされるスキルと縁さえあれば、日本は思いの外独立起業に優しい。考えてもみてほしい。私の父は中卒のケーキ屋だが、小さな町のケーキ屋として立派に経営してきた。それを考えれば、ビジネスマンとしてのスキルさえあれば、出来ないこともあるまい。また政府としては起業・開業を増やしたいので各種制度も充実しているし、税理士にいくらか支払えば、面倒なことはすべて代行してくれる。名刺の会社名に未練がなければ、あとは勇気だけである。

世の中の変わらなさや会社のくだらなさを嘆くのは簡単である。「家族がいるから」もよくわかる。しかし、世の中も会社も変えることは難しい。社会構造はそう簡単に変化しないし、変化してよいものでもない(それは革命である)。会社も経営者でない限り変革するのはそう優しいことではない。それにくらべたら、自分と家族をサラリーマン以外の手段で喰わすことははるかに容易なはずである。

この文章に共感してしまった人は独立することをお勧めする。勿論、誰にでもできるわけではないだろう。向き不向きもあるだろう。だが、独立起業することで見えてくるものもたくさんある。サラリーマン時代に培った何かがあれば、恐らくは誰かがそのスキルやノウハウを必要としているものである。これも独立して初めて実感できたことである。私のスキルや経験が本当に役に立つのか?自問自答を10年した。今はある程度の自信をもって「役に立つ」と言い切れる。また「人脈」の本当の意味も独立しないと分からないと思う。実際に人脈がつながり、仕事が頂けるという経験をしなければそのありがたさは理解できない。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は真理である。迷っているならば独立したほうがよい。周囲の意見を聞く必要はない。出来ない理由はいくらでもある。しかし、できる理由は実際に独立しないと分からない。あなたの幸福のために、切に思うのである。

2018年3月10日土曜日

A-10A タミヤ1/48


プラモデル制作記です。

2017年7月に独立起業後すぐに制作に取り掛かったA-10Aが先日ようやく完成しました。約7か月かかった計算になります。独立後バタバタしていたとはいえ、過去最高に期間がかかってしまいました。途中完全にダレていましたが、念願のエアブラシ導入後の作例として何とか完成までこぎつけることができました。
前職の先輩がこの機体が好きだということで、初めて現用機をチョイスしました。しかし、退職後のお中元に贈るつもりが、お歳暮になり、それも間に合わずお年賀になり、結局、寒中見舞いにすら間に合わないという体たらく。

A-10は言わずと知れたアメリカ空軍伝説の攻撃機です。1976年に配備されたというから、なんと42年現役機であり続けていることになります。ほぼ私と同い年。あまりにも基本設計が古いため、何度も退役させようという話は出るものの、湾岸戦争などの現代戦でもその威力を見せつけ、結局退役させることができない機体です。この飛行機は「近接航空支援」のみに特化したものです。難しく感じますが、ようするに地上軍と連携して、敵の戦車や戦闘車両、陣地などを上空から攻撃してくれるというもので、軍用機の用途としては最も古い(しかし基本的な)タイプの飛行機です。機種に備えられた30㎜ガトリング砲、通称アヴェンジャーは、1秒間に65発、ビール瓶サイズの劣化ウラン弾を放つことができる強力なものです。発射すると反動で機体速度が遅くなるという伝説があるような機関砲で、戦車の上部装甲など一たまりもありません。そもそも、A-10という飛行機はアヴェンジャーを乗せるために作ったようなもので、空飛ぶガトリング砲といった方が当たっているかもしれません。

さて、だいぶ前置きが長くなりました。このタミヤ1/48 A-10Aですが、1991年発売ということで四半世紀前のキットです。流石にこの4-5年に発売されたキットのような精度の高さはありませんが、そこはタミヤ。特に組みにくいということもなく、凸モールド(今のプラモデルはスジボリなので凹モールドです。)もなかなか楽しめました。

まず、箱から出して受ける印象は「デカい!」です。いつも1/48の第二次世界大戦のプロペラ機ばかり作っているものとしては、このデカさは強烈です。また濃い緑のプラスチック成型色もなかなか新鮮です。

とりあえず仮組みしてみます。やはりデカい。零戦の三機分はあるでしょうか。贈答用として制作を開始しましたが、こんなものもらっても迷惑かもしれないとこの時思いました。
キットが古く、派手に合わせ目ができるので、士の字に接着してからひたすら紙やすりで合わせ目消し。多少モールドが消えますが、いくら何でもこのままでは子供の作ったプラモデルになってしまうので、後で復活すればいいでしょう。

モノがデカいので、接着剤も瞬着は脆過ぎて使えません。昔ながらのタミヤセメントをたっぷりつけて、マスキングテープでのんびり養生させます。その間、ジェットエンジンを筆塗で作ってみます。GSIクレオス社のMr.メタルカラーで金属感を出してみます。
とりあえずエンジンを機体に組み込みました。ついでにこのタイミングでコクピットも作っておきます。
さあ、ここでエアブラシの出番です。サラリーマン時代は手が出ませんでしたが、GSIクレオス社のL7というエアブラシシステムを購入しました。そもそもこの機体を購入した時に「このリザード迷彩は筆塗では無理だな」と考えていました。初めての習作が贈答用とかふざけているのかという感じですが、何とか吹いてみましょう。
人気の機体なので、Mr.カラーに専用色が出ていました。エアブラシ初心者でもなんとか雰囲気は出せました。腕じゃなくて、機材と塗料が優秀なだけです。説明書の塗装図を見ながらフリーハンドで吹いていきます。単純な迷彩ですが、3色使っています。どちらがどちらに被っているかを参考図書などで確認しながら吹き付けます。さすがにここまで面積が大きいと練習量も比例して増え、だんだん感覚をつかめてきます。
現用機をあまり作らない理由の一つがやたらと面倒な「注意書き」のデカールの嵐。仕方がないのでチマチマと貼って行きます。
とりあえずシルバリング修正と段差修正のためクリアを吹きます。
後は地上攻撃機に欠かせない兵装関係を装備して完成です。よく見ると粗も多いですがA-10以外には見えないので許してもらいましょう。それこそ伝説のスツーカパイロット、ルーデル大佐も開発に一枚噛んでいたというA-10A。なかなかの迫力です。世界情勢を見るに残念ながらまだまだ出番はあるでしょう。

次回はようやく日本の大戦機「帝国陸軍 四式戦闘機 疾風」です。エアブラシで仕上げる初の大戦機。どうなることか。




2018年2月5日月曜日

コスモグラフィア・ファンタスティカ

※今回は完全に書き散らしの文章です。お時間あれば。

一人っ子ということもあり、子供の頃から想像の世界に遊ぶのが好きだった。平たく言えばボーっと妄想してニヤニヤしてる変な子供だった。ちょうど「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」のようなゲームが流行り始めた頃でもあり(ゲームブックというのもあった。)、いわゆる「剣と魔法の世界」にはまり込んでいた。剣と魔法の世界はアメリカの「ダンジョンズアンドドラゴンズ」というテーブルトークRPGが流行らせたもので、古い神話を持たないアメリカ合衆国(ネイティブアメリカンは除く)が「代替品」として作り上げたヴァーチャルな神話世界だと理解している。心理学的に分析しても面白いかもしれない。

このバーチャル神話世界は何しろ後付けバーチャルなのでなんでもありなのだが、およそ欧州、それもドイツ・フランスあたりの神話や民話(叙事詩)、伝説などを下敷きにしている。ベーオウルフや北欧神話がアメリカ人の想像力の元を供給したわけだ。そういった幻想世界をファミコンゲーム(コンピュータゲーム)以前に日本に紹介したのが「澁澤龍彦」というフランス文学者である。ゲームやちょっとした解説書に飽き足らず、小学校高学年から中学生ぐらいにかけて渋澤が衒学趣味的に教えてくれる幻想世界を読み漁った。澁澤龍彦はマルキ・ド・サドの紹介者としても知られ「エロと芸術」のような水掛け論裁判もあった学者なので、思春期の少年にはその方面の想像力も刺激してくれて、しかも知的に優越感が持てるという「お得」な作家だった。


とはいえ澁澤は(仏文学者だから当然だけど)異様に守備範囲が広いので読み手の世界を一気に広げてくれる。「長靴をはいた猫」で知られるシャルル・ペローや「吸血女の恋」のテオフィル・ゴーチェのような作家を知ったのも澁澤からだし、カバラだとか隠秘学(=オカルト)も得意分野だし、オカルトとくれば、ネクロマンシー(口寄せ。恐山のイタコを想像すれば中らずと雖も遠からず)から、中欧の蘇る死者伝説に話が跳び、その中でもセルヴィアの吸血鬼ヴァンパイアと話しが進んだりする。吸血鬼=ヴァンパイアと思い込んでいると、ウピールとかストリゴイだとか、ヴァンパイア以外の吸血鬼も出てきて、ヴァンパイアが吸血鬼のバリエーションの一つでしかないことを知ったりする。しかも、ほとんど前提知識を説明しない(そこが衒学趣味なのだが)ので、知りたかったら自分でほかの書籍を探さなくてはならない。そのおかげで、稲垣足穂やら種村季弘やら四谷シモンやら耽美趣味というかゴシック趣味の「ユリイカ」的な分野にも興味が拡がったりもした。

鬼神学(悪魔学、demonology)という学問を知ったのも澁澤からだった。古くはアグリッパやミルトン、近年ではアレスター・クロウリィのような人々が悪魔というものを真面目に研究していたり、むしろ古くは様々な現象を説明する今でいう「科学」や「社会学」を構成していた。そのことから、科学的アプローチが案外いい加減なものから発達してきたものであることも理解できる。例えば化学はchemistryだが、これはアラビア語のal-chemistry、要するに「錬金術」から発達したものだと語源で分かったりもする。また、鬼神学というのは神話学の裏返しなので、ある神話(宗教)を共有する民族ごとにかなり異なる。これは山本七平だが、「鬼神学を研究すると、その民族の想像力の限界や傾向がわかる」ということもある。日本人が想像する鳳(おおとり)は鳳凰であり典型的にはフェニックスのイメージも併せ持った手塚治虫の「火の鳥」だろう。かつての日本人も大して変わらないことは平等院の鳳凰を見ればわかる。ところが、アラビア人が想像する「おおとり」はロックとかルフとか言われるもので、大空を覆いつくすような大きさである。こんなものは我々は妄想さえしない。ギリシャの多頭の蛇「ヒドラ」とわがわが国の「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」はよく似ているが、「ウロボロス」や北欧神話の「ヨルムンガンド」は大地を一周して自分の尾を咥えていたりする。古代のチャイナにも似たようなものがあるが、我々はそんなものを想像しない。とりあえず、ここに出てきた民族は「誇大妄想」の傾向があることがわかる。(笑)

学生時代、第二外国語はドイツ語だったが、澁澤龍彦や阿刀田高などのフランス文学系、或いは塩野七生などのイタリア系の著作にはまり込んでいたこともあって、ドイツ語にはさっぱり興味を持てなかった。そこでよせばいいのに捻くれて、アラビア語を一般教養で選択してみた。そもそも選択する学生が少ないので教授にはとてもかわいがっていただいたが、セム=ハム語族の言語はとても1/週の授業で歯が立つものではなく、4年かかって何とかアルファベットが読め、フスハーという母音記号がある子供向けの本ならば、辞書を片手に読めるという体たらくではあったのだが。このアラブ世界への興味も、ゲームやら神話やら、アラビアンナイトやらがスタートだったように思う。「ファイナルファンタジー」シリーズには「イフリート」という炎の魔神が登場する。イスラームは厳格な偶像崇拝禁止の宗教だが、そこはメソポタミアから続く最古の文明の末裔、神話や怪物には事欠かない。イフリートは神に従わなかった堕天使であり、ジン(精霊・妖精・幽霊)の一種とされている。アラビア語を「アリババ」をテキストに勉強しながら、阿刀田高の「アラビアンナイトを楽しむために」を読んで妄想を広げたりしていた。あの厳格なイスラム教徒の物語が相当エロティックなものが多い。そもそもアラビアンナイトの立て付けが「妻に浮気された王が女性不信になって、国中の乙女に夜伽をさせてから殺すという蛮行を繰り返していたが、シェヘラザードとドニアザードの姉妹に夜伽をさせてから聞かされた物語が面白くて殺せず、千と一夜にわたって話を聞き続け、元の聡明な王になった」というもので、到底子供向けのものではない。このイフリートもアラビアンナイトにはよく登場する。強力な魔神なのに案外間抜けなところがあり、日本の鬼に近いイメージだ。格は違うが。

アラブ世界の剣といえば、曲刀である。日本の武士と同様、大人になる(元服する)と一人前の男の証として「ジャンビーヤ」という脇差のような短剣を持ったり、我々のイメージするアラブ世界の刀剣は「シャムシール」だが、実はペルシャ(イラン)起源であったり、トルコの「キリジ」だったりする。中東世界の深さや広さを実感できたりもする。10年ほど前にプロのベリーダンサーと友人になって、本物の「キリジ」を持たせてもらったが、柄が短くて、到底我々の筋力で振り回せる片手剣ではない。日本刀なら両手が基本なのでどうにか扱えるが、馬上民族が戦争に強いことの理由を垣間見た気がした。

剣はどこの文明でも「武器であって武器以上のもの」であることが多い。戦場の武器としては、弓や槍のほうが圧倒的に意味があるだろう。しかし、男性性であったり、権力の象徴は「剣」である。トランプのスペードも「剣」である。イタリア語で剣はSPADAという。象徴的な意味の剣ならば、エクスカリバーだろう。草薙の剣(天の叢雲の剣)というもの我が国にあるが、知名度ではやはりエクスカリバー。
ブリトン人のアーサー王の剣であり、岩に突き刺さったその剣を引き抜くことができたものが王になるという伝説のある剣である。この辺りを調べると、中世欧州で流行した「ロマンス」と呼ばれる物語群を知る。アーサー王の話は「ブリトンの物語」或いは「聖杯物語」「円卓の騎士の物語」と呼ばれており、日本の昔話(今昔物語など)と同様に欧州人の常識というか、共有された物語であることを知ったりする。


全くとりとめのない文章だが、たまにはこういう話をしたかったというだけである。全く「役に立たない」知識は愉しいもので、どちらかというとむしろこちらが人生のメインであるべきなのかもと最近は考える。

2018年1月11日木曜日

2018年のゴール

2018年の正月も終わり、鏡開きとなった。サラリーマン時代には目標管理制度というものがあった。半期単位に被評価者が目標案を作成し、上司と合意して目標を設定する。期の終わりが近くなると目標に対してすっかり別のものになってしまった実績の言い訳を書くというものだ。本来的には「被評価者が自主的に目標設定することで納得感をもって業務を遂行する」という趣旨であるが、実際には上手くいっているケースは寡聞にして知らない。海外は知らないが、上下間での議論がうまくできない日本においては恐らく成立しないモデルであろう。少人数のスタートアップでは上手く行くのかもしれないが。

2017年に独立した私には上司が存在しない。従って目標設定は自らの意思でしかない。自分の中で被評価者と評価者を設定して、当然ながら納得ずくで進めていくことになるので、案外と私には向いているかもしれない。そう考えて仕事始めのこの時期に宣言としてブログに書き留めておく。評価者も被評価者も自分なので、ブログの読者に公開することで逃げ場をなくしておくことにする。ただし、公開なので定性的なものが多くなり、しかも書ける範囲にはなることをお断りしておく。

2018年12月の大枠
2018年1月時点では常駐先でのプロジェクト支援が100%である。具体的に言えば週5日間常駐先に詰めているということである。プロジェクト支援のコンサルティングは事業領域に含めている。従って正しいステップを踏んでいると考えているが、当社の事業領域全体は「コンサルティング・研修サービス・パートタイムCIOサービス」である。現時点では「10:0:0」になっている。これを「8:2:0」乃至は「8:1:1」にまで持っていくのが12月の大枠である。商売は生き物なので状況によってどうなるかは分からないが、大枠はこの形にピンを留めて進めていく。

コンサルティング
基本的には現在の姿を継続していくが、知見のある「製造業」の領域でのコンサルティングの切欠を掴んでおきたい。もう少し具体的に書くと、企画、或いは営業からの設計~試作~量産判定までのエンジニアリングプロセス、市場品質管理~上流工程での品質フィードバックによる品質作り込みについて、ITでの「改革・改善」のコンサルティングやアドバイザリである。この領域ではコンサルティングチームを作る、或いは参画するということでもよい。どちらかといえば、2018年は参画する形が望ましいかもしれない。

研修サービス
非IT企業向けのIT研修サービスのコンテンツを用意したい。新入社員向け、若手リーダ向け、MGRクラス向けの1日~1週間程度のコンテンツを用意し、2018年中に1社以上の受注を得たい。事業会社でもITの知識は必須であろう。スマホとSNSだけでは業務系のITの知識は身につかない。情報システム部門に丸投げではなく、ITの常識があれば仕事の進め方も変わってくるだろう。新入社員向け、若手向けには合わせてビジネス文書作成の基礎なども提供したい。ビジネス文書から「させていただく」と「弊社・御社」を撲滅したいところである。細かいところにこだわってパトロジックと思われるかもしれないが、正しい日本語を書くだけでもビジネス的に有利だ。舐められない、馬鹿にされないビジネス文書を書くスキルをワードやパワーポイントのスキルと共に提供したい。

パートタイムCIOサービス
分かりやすく言えば業務IT領域の顧問サービスなのだが、こちらもまずはコンテンツ作り、引合先を獲得したい。非IT系の中小企業では情報システム部門がなく、ITの専門的が社内にいないケースも多い。とはいえ専任要員を確保するほど余力がない、また経営の観点からIT相談ができる相手が欲しいなどのニーズはよく聞く。ありがちではあるが、経営ITコンサルティングサービスとして企画を明確化したいというのが2018年のゴールである。


その他趣味など
音楽活動を再開し、オリジナル曲をYoutubeあたりにアップしたい。またライブに対バン形式で参加したい。そもそもバンドメンバーを集めるところから始めないといけないが。また体が鈍っているので、なにかやったことのないスポーツや武道に挑戦したいところである。柔術でもやろうかしらん。
飛行機のプラモデルはエアブラシを手の内に入れて、今年は12機の完成を目標にする。ちなみに不良在庫となっている「積みプラ」は30機近くある。写真も撮りためているだけの状態なので、仕上げて整理し、フォトブックなどを作る。これは娘中心になるけれど。


そんなところである。このブログの更新頻度も上げていきたい。本年もよろしくお願いいたします。

2017年12月30日土曜日

年の瀬の振返り

2017年もあとわずかとなった。この辺りで振り返りをしておこうと考えてブログを書いている。このブログは公的なものと私的なものの中間と位置付けている。ある意味で仕事の延長であり、ある意味で遊びの延長でもある。とは言うものの「日本のビジネスマンの考えること」とサブタイトルを打っているので、少し公的、或いは仕事的なものに寄せて振り返ってみたいと思う。

独立と会社設立
2017年の私にとって最も大きな出来事はサラリーマンを止めて独立起業したことである。15年前の2002年(27歳)、当時は百貨店のシステム子会社で駆け出しのSEをしていた。しかし、ある意味人並みだが「このままここで働いていて意味があるのか」と考え始めた。就職氷河期の中で拾ってくれた会社ではあったものの、いわゆる情報システム子会社だったため、グループ内の仕事しかできず「下駄を穿かせてもらっての仕事」と感じていた。今思えばなかなかありがたい境遇ではあったものの「IT革命」やら「新自由主義」が流行り始め、若者らしく野心を燃やし始めたということだっただろう。
そこで「エクスペリエンス」(現:パーソルキャリア)のキャリアコンサルタントに相談したところ「コンサルティング会社で修行し、その後事業会社のIT部門長になる、若しくは独立開業する」というストーリーを吹き込まれた。事業会社のIT部門長はともかく、その独立までのストーリーは当時の私には非常に魅力的に思えた。その後、外資系コンサルティング会社へ転職、結婚する際も「いずれ独立する」と妻に宣言し、それから二回転職し10年、妻からも「するする詐欺だ、いつ独立するんだ!グズグズしすぎ!」と𠮟咤激励を受け、ようやく踏ん切りをつけての独立起業だった。2017年7月10日という会社設立日はこの先どうなろうと決して忘れられない日である。

独立直前に外資系コンサルティング会社時代の同僚に紹介を受け、コンサル仕事も久しぶりだったので「勘を取り戻す」という意味でPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)として現在の常駐先にお世話になることになった。独立してみると様々な偶然が重なっていくことが実感できる。「なるほどこれが『縁』か」と。袖すり合うも他生の縁。よく言ったものである。
お陰様でそれから半年間、それなりの評価を受けて無事に仕事ができている。経済的にも以前よりは恵まれた状態を維持できているのも、一重に皆様の(急にビジネス調でおかしいな)、言い換えれば「縁」のおかげである。

今後は研修サービスや中小企業向けCIOサービス、また業務ITに関連する製品開発を展開していきたいというのが現在の予定である。勿論様々な紆余曲折があるのでどうなるかは分からない。だが20年のサラリーマン生活で理解したこととして「自分で決めなきゃ、誰かに決められてしまう」という公理がある。 意思だけは持っておかないとやりたいことができなくなってしまう。それを回避するためにやりたいことの明確化をしながら正月を過ごしたいと考えている。

最初の現場
コンサルティング業界は他の業界とはまた違う守秘義務があるので、書ける範囲で書く。この10年弱は品川は港南で働いていたが、久しぶりに都心で働いている。とはいえ品川駅は港区なので区内で移動しただけといえばだけなのだが。
常駐先では優秀な、或いは有望な若者達と働いている。同年輩の人々はいわゆる部長以上という若い会社である。
「貞観政要」という唐の時代の古典に「草創と守成といずれが難きや」という問いがある。意味は「創業と維持はどちらが難しいか」ということである。この答えは「難しさの質が異なるので、やり方や組織を質的に転換しないと創業に成功しても維持できない」ということが書いてある。常駐先はまさに創業に成功し急成長した企業である。しかし、大企業への質的な転換ができておらず様々な問題が管理不能なレベルで起きていたりする。私の仕事はプロジェクトを通じて整理を行い、デスマーチ(IT業界の用語。プロジェクトがうまく進まず、メンバーに超人的な努力を強いる状況になること)となっているプロジェクトを軟着陸させることがまずは第一義、さらに「守成」のフェーズで仕事の仕方や方針を理解してもらうことにある。

2017年は、プロジェクトメンバーとして一緒に汗を流しながら「メンバーからの信用」「プロジェクトの把握」というステップが終わったというところである。この後はプロジェクトの立て直しのステップにかかる。なかなかタフだが、愉しくもある。PMOであると同時にフィクサーのような仕事であるが、久しぶりのコンサル仕事でも「案外、まだ私も役に立つ」と感じることができた半年間であった。

読書
2017年はE・H・カー「危機の20年」、エマニュエル・トッド「シャルリとは誰か」、佐伯啓思「アメリカニズムの終焉」、太田房雄「大東亜戦争肯定論」、エドワード・ルトワック「戦争にチャンスを与えよ」というあたりが非常に印象に残っている。大体年間100冊程度読むが、起業後はそれほど数が読めなくなってしまった。とはいえ40-50冊読了した中で、上記の5冊は必ず再読するだろう。また、エドモンド・バーグ「フランス革命の省察」もなかなかであった。保守思想の源流と呼ばれるバーグだが、その源流とはフランス革命への罵詈雑言というのが面白い。基本的には私も保守の立場であるが、確かに保守というのは新たな思想や行動に対する常識からの平手打ちという側面がある。とはいえ、少しづつ立体的に現代史と保守思想の理解が深まってたと感じる一年であった。来年はもう少しプラグマティックに地政学や国際政治学を勝手に学んでいきたいと思う。また仕事柄、失敗学も研究していきたいところである。

娘の成長
2013年に生まれた一人娘も今年で4歳になる。だんだん成長して、いつの間にか普通に会話のキャッチボールが成立するようになった。不思議な感覚である。勿論人並みに「プリキュア」と「ディズニープリンセス」が大好きなのだが、どういうわけか「恐竜」にハマっている。妻に言わされている部分もあるけれど「大きくなったら恐竜学者になる!」と最近は言っている。私も知らない恐竜も図鑑やカードを見せて「これは何?」と聞くと「スティラコサウルス!!」と答えるように。単にイラストで覚えているのかと思い、別の図鑑を見せてみる。恐竜は色が不明確なのと、羽毛の有無が最近分かったので、図鑑によってかなり違う。しかしやはり「スティラコサウルス!」とちゃんと答えるので、どうやらちゃんと特徴でとらえているらしい。子供の成長はすさまじい。ちなみにブラキオサウルスがお気に入り。アロサウルスやスピノサウルスのほうがパパはかっこいいと思うけど。


それでは皆様よいお年を。


2017年11月16日木曜日

その先の未来

70余年もかかったが、我が国は敗戦と占領の呪縛からようやく脱る気配があるように見える。前回のブログにも記したが「反体制が正当である」というひどく「不自然なパラダイム」が崩壊したというのが、その主な要因であろう。それ自体は望ましいことである。しかし、そうであるとするならば「ここからどのような未来を志向するのか」という次の難問が持ち上がる。もちろん「なるようになる」という考えもあろう。だが、案外我々は「なるようになる」という考えに耐え続けられるほど強くない。そして、好むと好まざるとにかかわらず、「なるようになる」という態度は、そう考えない人々や国によってもは振り回されるという結果になりがちである。それが嫌ならば、やはり「志向(ディレクション)」だけは考えておくよりほかはない。しかし、かつてのように「ただそれを真似るだけでよい」というロールモデルは存在しない。正確にはそんなロールモデルなど元々どこにもないのだが、数十年前までは「地上の楽園」だの「よい核」だの「追いつけ追い越せ」だのと言うことができたわけである。そのような妄想に近い理想を仮託できるユートピアなど存在しないという諦念を基本としてこれからの方向性を考えていくほかあるまい。

ところで、そのように無責任な「反体制の人々」にも良いところはあった。ひどく子供じみてはいたが、少なくとも彼らはニヒリストではなかった。彼らはその子供っぽさ故、ニヒリズムに耐えられず、夢の世界へ逃げ込んでいたとも言えるだろう。しかし、諦念から出発する我々のようなリアリストにはそんな逃げ場はない。ニヒリズムに正対していかなくてはならない。ニヒリズムとは「虚無主義」と訳すが、もっと平たく「価値(序列)の混乱」と考えておけばいい。要するに「何が正しくて、何が間違っており、何に価値があって、何に価値がないのかがはっきりしない」ということである。



さて、現代において「『価値がある』とはどういうことか?」という問いを発すると、怪訝な顔と共に「そりゃ、金になるか、役に立つかってことだろう」という答えが返ってくるだろう。しかし、すこし冷静に考えてみると、金銭はそれ自体は無価値である。コインやバーチャルなコインにしろ紙幣にしろ、それ自体は何の役にも立たない。だからこそ、媒介として金銭の役目を果たすことができるわけだ。それ自体が無価値であるからこそ、「交換」の媒介となり、その多寡により、購入できるものが決まるに過ぎない。それ故に「価値がある」ことそれ自体と「価格」は直接的な関係はない。さらに訊いてみよう。「では、どういう物差しでその『価格』が決まるのか?」と。そうするとさらに面倒くさそうな顔と共に「役に立つとかカッコイイとか美しいとかだろ?」と答えが返ってくるに違いない。まず、「役に立つ」だが、「何の」という目的が必要である。従ってそれは「手段」の話である。「かっこいい」「美しい」は少し価値それ自体に踏み込んでいるが、では「それはどんな物差しで決まる?」という問いの回答にはならない。だから「価値がある」ことを「金銭的価値」と定義したところで、全く無効である。金銭的価値は「物事の正しさ・良さ」を測る尺度にはなり得ない。また、「役に立つ」ということは何らかの技術の産物であろう。だが、科学技術も「価値中立的」であるからこそ、科学技術足りえるのであって、やはり「物事の正しさ・良さ」を測る尺度にはなり得ない。にもかかわらず、21世紀初頭の今現在、金銭的価値と科学技術(金になるか、役に立つか)、言い換えれば、資本主義と技術主義が主要な「価値の源泉」と見做されている。だが、これらは本来の意味において「価値」とは完全に無関係なものである。だから、いくら高度に発達しても我々はどこかこれらを直観的に「グロテスクなもの」としてとらえてしまう。そのグロテスクなものが中心に据えられている時代状況をさしあたり「ニヒリズム時代」と呼んでおこう。

その「グロテスク」さはどこからくるのだろか。少し前にマイケル・サンデルが『それをお金で買いますか』という本を出していた。その中の例だった気がするが、例えば高度医療(臓器移植等)を受けるためにはかなりの費用がかかる。すると、金銭の多寡により、生命をつなぐチャンスに違いがあることになる。それは突き詰めれば「命を金銭で贖う」ということにしかならない。死は相変わらず誰にでも平等ではあるが、その引き延ばしは金銭による。そこに我々は「生命に対する冒涜」を見てしまう。そして恐らくはそれを「グロテスク」と感じる。少なくともここで、価値の物差しは生命であり、本来はそれをつなぐ手段である医療を金銭で贖うという行為に、どういうわけか価値の混乱を見てしまうわけである。「生きるチャンスは平等であるべきだ」という陳腐な意識のせいであろうか?少なくとも直観的に「正しい・良い」とは考えにくい。

また軍事に関する科学技術もそれが言える。古来より、戦場は悲惨であると同時に英雄が生まれる場所であった。しかし、産業革命後の第一次世界大戦あたりから様相が変わり始める。戦車や飛行機などの近代兵器が登場し、個人の武勇と戦果があまり関係がなくなる。それでもまだ戦闘機同士の戦いのような武勇の要素が残り、エースパイロットというような中世の英雄の残照があった。しかし、核兵器の登場により、少なくとも大国同士の勝敗は戦う前から決定されてしまう。そこには個人の武勇など入り込む隙はなく、相互破壊認証(MAD)による「銃を突きつけ合った平和」という形で平和をもたらした。やはりどこかこの状態を「グロテスク」と直感する。ひとつ前の例と同様、「正しい・良い」とは考えにくい。

しかし、諦念からスタートするリアリストである我々にとって、これらをただ主観的に否定して「ユートピア探し」をしても、それはただの逃避行動でしかない。故にここを出発点にするしかない。これらの「グロテスクさ」を受け入れつつ、しかしそれを少しでも減らしていくという立場に立たざるを得ない。これは並大抵のことではないと考える。これは哲学上の大問題であり、ニーチェをもってしても、これらの問題に対して「超人」というトリッキーなたとえ話を持ってこざるを得なかったような大問題である。ニーチェの言う「超人」とは「価値を自ら作り出す者」という意味だが、その著書のどこを読んでも、「超人とは何か」について真っすぐな回答は記されていない。「~ではない」という否定形で示されているだけである。ユートピア主義者であまり好きではないが、内田樹の例えが適切だろう。「超人とは『人間』の上に引かれたバーチャルな抹消線である」というのが、ニーチェの示したニヒリズムの克服の方向性であった。

リアリストは「まずは現状を承認する」ことからしかスタートできないので、自らの価値序列やなんらかの目的をかなり強く意識しないと単なる「ニヒリスト」になりやすい。また、現実が見えている「合理主義者」であることも多いので、広大で複雑な現実を前に無力感にとらわれることも多いだろう。だから、現実主義者は「未来を描く」ことが苦手である。しかし幸か不幸か現代は「数の論理」で動くことが多い。「マッス」でも「畜群」と呼んでもいいが、ようするに「大衆」が主であるような世の中である。大衆とは本質的に「自分で考えること」はできない。したがって、魅力的な何かを提示しないと動かすことはできない。その未来像は虚像でもなんでもいいのだが、虚像のユートピアを提示してしまえば、毛沢東やスターリン、或いは戦後の左翼マスコミと同じになってしまう。

讃岐院の呪詛「皇を取って民とし民を皇となさん」が実現したかのような価値の混乱した現代に我々は生きている。私見を述べれば「大衆」という「人と同じであること」「人のまねをすること」が満足の元であるような人々(だから金持ちか貧乏人とかとは無関係)が最も最強である「民主主義」は肯定できない。こうした人々は本質的に相互模倣的であるので容易に「束」となる。その束に方向付けをすれば「ファシズム」となる。ファッショとは「束」の意である。従ってファシズムは民主主義からしか出てこない。逆に言えば、(大衆)民主主義の究極がファシズムであるといえるだろう。その意味では第三帝国や昭和初期の日本はある種究極の民主主義であったといえるかもしれぬ。

「民主主義」とは「多数決」とイコールではない。イコールなのは「直接民主制」という古代ギリシア時代に失敗が確定した狂気の思想である。別に少数者の意見を尊重せよなどという話ではない。そうではなくて、少なくとも何かに優れた(卓越した)人々を何らかの方法で選出し、議会を形成し、「大衆」という名の「盲目の怪物」を牽制しながら暴走させないことが必要である。これを「議会主義」と呼んでもいいし、「間接民主制」と呼んでもいいが、これは一種の「貴族制」であろう。だがいわゆる「民主主義」よりもはるかに優れた制度である。(それ故、一院制や首相公選制は狂気だと私は考える。結局突き詰めれば「全権委任法」になるからだ。)

では「議会主義」を維持したまま、その先の未来を思い描くために、リアリストはどうすればよいのだろう。処方箋などはもちろんないが、さしあたりニヒリズムに対抗していくために、先ほど挙げた「グロテスクさ」をできるだけ減らしていくという方向性が良いと考える。現代のニヒリズムの根幹はグローバリズム(金融主義的資本主義+科学技術主義)にあるのだから、これを知ることから始めるのがよいのではなかろうか。これらは本質的に「肥大化する欲望」がベースにあるので、克服するのは予見可能な未来には不可能であろう。とすれば、別の価値体系をもって、これに対抗していくぐらいしか方法があるまい。


その価値体系はどこにあるのか?そんなものはない。どこかにあると考えてしまうとそれはユートピア論者と同様である。そうではなくて、過去を参照し、現状を分析し、不条理は不条理として許容し、ゆっくりと価値を構築していく。或いはそのための態度を身に着けていく。その間はさしあたり、常識と直観を信じて「胡散臭いもの」を回避、或いは戦っていく。言い換えれば、グロテスクなものを回避したり叩き潰したりする。そうして支配的な思想であるグローバリズムに押し流されそうな「現実」と死ぬまで格闘していくほかあるまい。具体的には「いやーいまはグローバルの時代だよ」などと嘯く馬鹿どもを一人一人糺していくようなことだ。長く地味であまり報われない戦いだが、まともな人間がそれをこなしていくしかない。それを30年も行えば、少し日本がマシな世界になっているかもしれない。次の世代へ少しだけ世界をマシにして引き渡すことが我らのできる最善のことであろう。